推理小説読書日記(2010/09)
2010年9月04日
落ちる<多岐川恭>
この作者の初期短編集の再構成短編集です。10作品を収録で初期代表作と言えるでしょう。表題作や、デビュー作は多くのアンソロジー に収録されていますが、それを含めた短編集はしばらく復刊されていません。これ以後、実に多彩な作風になり、特に時代小説が増えます。 このデビューの頃が戦慄的だったために、その後の作品がややマイナーな扱いになったのは意外な展開といえるでしょう。ただ、時代小説 を含めた、多作可能な作風への移行が専業作家の道を固めた事も事実であり、専業作家の選ぶ道の難しさを感じます。
2010年9月04日
漂泊<堂場瞬一>
複数のシリーズを含む、多数の警察小説を発表している作者です。失踪課シリーズの1冊です。ミステリに多く登場する、小説家の アイデア?・盗作?・合作絡みが背景になっています。出版業界の裏かどうかは、不明ですが、特殊ともリアルともとれる描きかたです。 複数の事件が微妙に絡み合ったり、関係の深そうな事件が無関係だったりのさじ加減が、警察小説の醍醐味といえるでしょう。
2010年9月04日
不良少女<樋口有介>
ハードボイルド・スタイルの探偵・柚木草平シリーズには、少数の1人称以外でかかれた作品があります。この短編集にもその双方が 含まれています。普段は自分自身を語る主人公を、3人称の視点で見た姿はやや興味がありそうです。何故か、あるいは必然的に女性が 多数中心に登場する作品ばかりですが、いろんな女性に興味があるのか、個性のある登場人物が描かれます。
2010年9月10日
白鬼屋敷<高木彬光>
伝奇時代小説です。長編に、主人公と主人公になれるキャラクターが数多く登場します。ちょっと贅沢に使いすぎかも知れません。 伝奇小説に登場する人物には、どこか謎めいた過去や正体が必要です。謎めいたという面でくくれば、類型的といえますが平凡な登場 人物では伝奇時代小説にはなりません。ただ、作者も使いきるのは惜しいと思ったのか、続編へとつなげる終わり方をしており、登場 人物の幾人かはまた登場するでしょう。
2010年9月10日
夢幻会社<バラード>
題名とおりの夢・幻想や、内なる宇宙を主題にした作品で知られる作者です。全てを、新しく作らないでもどこかの現実からの突破 点があれば、話はどんどん展開してゆきます。たぶん、作者はそう思っている様に感じます。人は空を飛びたいと思っているというのは、 多くのSFの主題です。それはどうでもなるとせずに、じっくりと展開してゆく事で個性が出て来ます。
2010年9月10日
美の盗賊<碧川浩一>
評論・エッセイを白石潔名義でかいている作者です。この本の奥付けもなぜか白石になっています。昔も今も、推理小説も純文学に 近づけると考える人はいるようです。推理小説には、自然と広がった広義の解釈があるので、否定まではしないが本格推理では、矛盾が ある事も度々いわれます。犯人も探偵もいない心理小説をどのように位置つけるかは、個人で異なるでしょう。
2010年9月16日
やまびこ129号逆転の不在証明<大谷羊太郎>
地味で堅実な本格ミステリを書き続けている作者です。本作もその線状の作品と言っても良いですが、トリックやストーリー構成が かなり入り組んで作られており、題名とは異なり、トリックを全面に出しても良いレベルのトリック作です。時刻表トリックなのか、 乗り換えトリックなのか、アリバイトリックなのか、はたまた・・・色々な可能性を捜査してゆく内に辿りつくのがメイントリックに なっています。物理トリックと心理トリックを併せ持つ巧妙なトリックです。
2010年9月16日
修道女フィデルマの洞察<トレメイン>
原作の短編集がかなりの大作で翻訳では複数冊の短編集になりました。初期の作品集ですが、完全な本格ミステリであり、アイルランド の古い時代が背景という事も直ぐに慣れるように書かれています。現在にこのレベルの本格ミステリが読める事自体が、奇蹟的な事にも 思えます。ただ日本に紹介されていない作家が多くいるのか、どうかは不明ですが本作者の作品は継続的に訳される事を期待します。
2010年9月16日
火の接吻<戸川昌子>
手法は本格とは異なりますが、作者の明確な意図の元に構成された作品です。複数の人物の視点から絶えず変えながら進みます。 放火魔という項になると、もう解決か倒叙の様に思いがちですが、全て作者の思惑のなかとあとで判ります。そもそも、外見の事件と 描こうとした事件がどこまで重なるのか。現在のミステリに似たイメージの作品を見かけますが、昭和に既に本作が書かれていたのです。
2010年9月22日
名探偵は、ここにいる<>
テーマ別アンソロジーです。書き下ろしではありますが、後で別企画に転用していますので、殆どの作品は既読です。ターゲットを 低い年齢層に設定しているようで、やけにルビが多くて、いささか読みにくいです。書き下ろしアンソロジーの作品の行く末は、色々で 作者の個人作品集に取られたり、そのまま埋もれたりバラバラになります。
2010年9月22日
大阪圭吉探偵小説選<大阪圭吉>
戦中は、小説の内容に統制がありました。そのために自由な探偵小説はなく、いわゆる防諜小説や捕物帳等が書かれています。防諜小説 の人気は最悪ですが、書く事・生活する事と統制という時代性を考慮すると、全てを否定するのはいささか不可解です。ただし作者も 好んで書いていない場合が多く、時代性を考慮しても意欲に劣る事は避けられないようです。大阪圭吉は戦前の本格ミステリは評価が高い ですが、戦中の防諜小説は過度に否定されすぎていたと思います。横川貞介シリーズを集めた本作品集は、すこしは偏見を修正出来る 可能性を持つと思います。
2010年9月22日
「北斗星」24時間の空白<井口民樹>
医学ミステリとトラベルミステリを書いた作者です。本作は後者で、なかなか面白い展開をしめしますが、トラベルミステリ的な 欠点も無いことはないです。トリックのひとつが、アンフェアに見えるのは仕方がないでしょう。ただ終末は、かなりめまぐるしい 動きがあります。
2010年9月28日
密室ゲーム王手飛車取り<歌野晶午>
マニアの推理ゲームは、設定としてよく有りますが、その問題を出題者が犯罪を犯して作成するというより過激な設定の作品です。 匿名のインターネットのチャットで繰り広げられる殺人ゲーム+推理ゲームは、多くは密室ゲームであり、読む方も殺人ゲームの方は 忘れがちになります。そんな中で、匿名の出題者が集まらざるを得ない状況になって行きます。あまりに現実感がないので、読む方が 趣向に麻痺して忘れがちです。
2010年9月28日
霧の旅路<海渡英祐>
歴史に題材を求めた作品をはじめ広い背景で書く作者です。本作は、幾分少ない普通というか、恋愛・サスペンス色が強い作品です。 理由として作者自身は、新聞連載に合わせて短い区切りで興味を持たせる事を継続する題材と手法を求めたとしています。結果として 本作者の異色作というべき内容になりました。
2010年9月28日
五声のリチュルカーレ<深水黎一郎>
中編1作と短編1作からなる本です。どちらも、異様な設定と動機をテーマに特定の人以外は読まない蘊蓄をかなり含ませた内容 です。ミステリ特に本格ミステリを読みたい人には、あまり面白くない内容です。あまりに水増し的であるし、マニアックを越えて まさかこんな特殊な内容を真相に持ってきてはアンフェアだろうと思う事が真相では、フェアではないでしょう。犯罪小説として読む 内容なのでしょう。
←日記一覧へ戻る
2010/09に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。