推理小説読書日記(2010/08)
2010年8月05日
楽園(上)<宮部みゆき>
代表作が多すぎるこの作者の中でも、大作の代表作ともいえる「模倣犯」から10年あたり立ちます。その中で主人公を務めた、 ジャーナリストの前畑滋子が再登場します。事件は解決したものの、本人も心に痛手を持ち、職を辞し結婚していたが、フリーペーパー の仕事を始めていた。そこに持ち込まれた調査の依頼です。現在の状況を説明して調べはじめましたが・・・。もし読者が本作を「模倣犯」 の続編として期待していたならば、違うテーマだと気づくでしょう。この作者には深い興味を持つ別のテーマがあるのですから。その事 に対して、滋子が確信を得る所で上巻は終わります。
2010年8月05日
楽園(下)<宮部みゆき>
下巻は、上巻の確信を基に複数の事件を辿る調査が描かれます。複雑な内容ですが、特異な事件ではないでしょう。ただ作者の筆力 で非常に良いストーリーになっています。個人の抱える問題や苦悩を滋子は可能な限り解決してゆきます。「模倣犯」事件と同じ様に 一切を著作本として書く事もありません。業界では有名な滋子と、同時に詳細を本に書かない滋子はジャーナリストからは批判とも呆れた 存在として見られながら・・・。長いミステリは個人的に好きでないが、この作者は読ませる筆力があります。
2010年8月05日
脅迫者たちのサーカス<日下圭介>
作者後期の作品で、単行本のみの発行のひとつです。多くの人から見た視点で書かれています。しかも、それぞれの事情を抱えた。 倉橋真樹登場作品とは知りませんでした。作者には珍しく、ユーモアとペーソスを感じさせる内容です。本格というよりサスペンス調 と言えるでしょう。本格を含めて複数の要素を含む、異色作に感じます。
2010年8月11日
100人館の殺人<山口芳宏>
容疑者が多い作品は過去にも複数あります。ただし、冒頭に登場人物名の一覧が載っているのは、あるいは初めて・最大人数ではない かと思います。丁度、開放形のミステリと閉じた空間のミステリの中間的な所を狙ったものと思えます。従って登場人物を全て使いきって いるわけでないのは、当然といえば当然です。内容はあまりに古典的なとも言えますが、そもそも設定が既にそれを匂わせていますので あらためて言うことではありません。館ものも次第に大がかりになってゆくと言うのが、素直な感想です。否定はしないが、望みもしませ ん。
2010年8月11日
大空に消える<モイーズ>
この作者の作品としてはやや長めです。戦時中から始まる話はどこの国でも定番のように多くあります。本作もそのひとつです。 英雄と呼ばれた男の死を含めた事を調べて本を書こうとした時に、周囲に起きた事件?・・。何かが、誰かが、隠しているのか邪魔を しているのか。謎を抱えたままで進むうちに、事件が起こり謎が深まります。
2010年8月11日
刺青白書<樋口有介>
私立探偵・柚木草平が探偵役で登場しますが、通常のハードボイルドスタイルの語り手の探偵ではありません。複数の3人称視点で 書かれていますが、中心は「すずめ」こと鈴女という女性です。昔の同級生の死に絡む謎に巻き込まれ、追いかけます。自身の悩みも 含めて同世代の登場人物の持つ複数の悩みが絡みます。従って典型的な青春ミステリと言えるでしょう。中学時代の出来事が人生を 変えさせ、それを鈴女と柚木が追います。
2010年8月17日
浄土ヶ浜殺人事件<大谷羊太郎>
岩手の事件が東京に・・。連続殺人なのか?。複数の捜査が最後に八木沢警部によってまとめられます。高速道路・夜行バスという 手段で起きるアリバイと事件には、連続殺人の理由があるのかどうか。他県補助課がメインで活躍しすぎるとは、言い出すときりがない ので、ひたすら変則なスタイルのストーリーとオーソドックスなミステリを楽しむのが良いでしょう。
2010年8月17日
火星への道<香山滋>
秘境とも幻想とも言われた作風の作者ですが、火星旅行ともなるとこれはどのジャンルと理解しましょうか。もともと、SF的な設定 には関心がないので、都合の良いように火星に行きます。都合が良すぎるので、本当に行ったのかさえ疑問です。旅行団に含まれる人物 の素性と事件の方がむしろ本筋でしょう。奇妙な作です。
2010年8月17日
メデューサの子ら<ボブ・ショウ>
SFです。少なくてもそれを全面的に意識して読む本です。人間も登場します、ただし水棲人です。少ない人数の民族には生きのびる ための多くの努力と慣習があります。そして、彼等をとりまく環境は危険なほうへ変わってゆきます。SF設定の世界の人間の感情を 描く事で読者は客観的に見る事が出来るのでしょうか。
2010年8月23日
長い腕<川崎草志>
横溝正史賞受賞作。最先端のコンピュータゲーム制作の世界から、因襲の残る主人公の故郷へと舞台が変わるという展開があります。 はたして横溝が生きていたら、こんな話を書くのでしょうか。動機にインターネットの世界が絡みますが、閉鎖的な集団の中の犯罪という まさしく横溝の世界も同時にあらわれます。ヒロインの性格が、この双方から作られたと思われるのでそれぞれが意味はあるのでしょう。 最初は無理な組み合わせに見えたものが、意外としっくりまとまった感がします。
2010年8月23日
探偵くらぶ(下)<>
日本推理作家協会編のアンソロジーの最終巻です。「浪漫編」と題されていますが、変格ミステリ・その他といういみでしょう。この 分野は日本では非常に多いですが、協会誕生時の中心人物が特に多いです。従って、登場作家も戦後初期の作家が中心で、分類は深く 考えない方が良いようです。ミステリ味の濃いものは少数ですがそれらは読み応えがあります。
2010年8月23日
1950年のバックトス<北村薫>
長編も短編も、長くなる傾向は水増しと感じる事が多い時代です。ワープロの弊害でしょうが、冗長は作者の力量の弱さを表面化 します。ただし、読者が慣らされなければです。そんな中で、凝縮した内容の短編と掌編をあつめた本作品集は秀逸です。どの1編も 水増しすればもっと長い作品になる内容を持ちますが、それはこの作者とは無用の事の様です。プロの作家の芸を魅せられる作品集 です。
2010年8月29日
丘の上の赤い屋根<青井夏海>
規則正しく、年に1冊ベースで出版する作者です。小さな町のミニFM放送局が舞台です。アマとセミプロが作るラジオ放送を中心に 色々な登場人物と事件が起きます。登場する人にはそれぞれの思惑というよりも、考え方があります。悩みと不満と不安を、持っていますが ラジオ放送の中で、次第に個々の進む方向を見つけてゆきます。表面的な事から、ようやく本音を見つけてゆきます。
2010年8月29日
星町の物語<太田忠司>
「ショートショート」は星新一ではじまり終わったのか?。星氏のショートショートのコンテスト出身のこの作者の2冊目のショート ショート集です。それも星町という舞台で繰り広げられる数々の話をあつめています。舞台をひとつにした、ショートショートです。 どうしても、奇妙・幻想・サプライズ・ホラー・SF的な話が多いですが、どこかに現実の世界も存在する気がします。
2010年8月29日
私の男<桜庭一樹>
直木賞受賞時に、あまりにもストーリーを聞きすぎたというのが感想です。ミステリでは、時々使用される手法が効果的に主人公 達の秘密を暴いてゆきます。それをどこまで予想できるかとというミステリですが、ストーリーという名のネタばらしの後では、作者 の構成を見守るばかりになりました。逆算の小説は、謎を探さなくても謎があるという事が判ります。ただ、あきない程度にほど ほどに。
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2010/08に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。