推理小説読書日記(2010/05)
2010年5月01日
どこからなりとも月にひとつの卵<セントクレア>
1950年代のアメリカの幻想系SF作家の短編集です。SFの黄金時代ともいわれる時です。異世界を舞台にした、奇妙で不思議な 作品が並びます。短い作品が多いですが、多彩な内容といわゆるどんでんかえしが多い事で切れ味が良いと感じます。題材はSFらしい 意外で予想のつかない展開と終了を示し、文章や表現は奇妙な味と幻想風になっています。このふたつは、シンプルに合わすとかなり 相性が良い組み合わせと感じさせます。
2010年5月01日
花まど玻璃<深水黎一郎>
探偵役が書いた小説内小説という設定ですが、それが「カタカナを使用せずに全て漢字で置き換える」という内容です。題名自体 が「ステンドガラス」の漢字表現ですが、当用漢字から外れています。小説の内容も読めない漢字の羅列で、るぴを読む事になります 。従って読みにくい、判らない、時間がかかる、内容はどうでもよい・・・はやく終わって欲しい・・という小説です。時間のある人 向けですね。芸術探偵との事ですが、読みやすい文章からフェアプレイの本格推理小説が生まれると考える私には非常に不満な内容 です。
2010年5月01日
吾輩はシャーロック・ホームズである<柳広司>
シャーロック・ホームズと夏目漱石とは、不思議と複数の作家が使用している組み合わせです。ただこの作品で描かれている漱石 は病気になりワトソン医師と過ごす設定です。そして、ホームズの様にふるまうようになります。ユーモア小説になるのでしょう。 国費で留学して、短い時間で多くを吸収しようとして精神的な病気になった漱石には、どこか人間味があり本当にありえるかもと思い ます。この設定の中で事件が起きて探偵となって捜査を始めます。
2010年5月07日
蝕罪<堂場舜一>
最近、日本にも警察小説らしい警察小説が増えてきました。佐々木・今野らとこの作者の堂場舜一です。警察の捜査方法はかなり マニュアル的です。そのまま小説にしても面白いかどうかは疑問ですが、若干の工夫をふりかけてかつストーリーとキャラクターとに 作者が力を発揮すれば面白いシリーズになる事は欧米の小説が示しています。独りの名探偵が行う名推理に対して、組織と主人公とその パートナー(捜査の基本は2人捜査)との捜査で展開します。例外的に一人捜査になる場合はどの時かを間違わなければ読者が疑問に 思わない内容にはなります。本作は架空の「失踪人捜査課」を舞台に主人公の高城とパートナーの女性刑事明神とが地道に捜査します。 女キャリアの室長の阿比留が微妙に絡みます。
2010年5月07日
時の鳥籠<浦賀和宏>
長い作品です。そして焦点がぼやけて進行します。じっくりかも知れないですが、読み疲れるしストーリー自体を忘れて行きます。 どこかで読んだ内容と思ったら、本作者の別の作品の一部の様です。趣向なのか作者も疲れているのか?。時間軸が揺れる話は混乱 します、作者は混乱していないかはとてもチェックする気が起きません。せめて1/3の長さで書かれていたら・・・。
2010年5月07日
殺人交叉点<カサック>
フランスミステリは変格ミステリが多いです。本格味はあっても、ストーリー的に本格味が希薄に思えます。アイデアを終わりの サプライズに集める手法がそのように思わせるのでしょう。ただし、中編2作「殺人交叉点」「連鎖反応」で1冊になっているように 適度の長さで書かれているので楽しんで読めます。時間と語り手とが入り交じるので、読むのが容易とは言いにくいからでしょう。2作 ともアイデア的に優れておりバランスのよい作品と言えるでしょう。
2010年5月13日
理由<宮部みゆき>
幅広い作品内容を描く宮部作品です。本作は1998年の作品でドキュメントタッチの文体で、当時の(殆どは今も)社会問題と なっている多くの事を背景に設定したミステリです。一家4人殺しという表面的な出来事から始まりますが、実体は複雑で全く何も 判りません。そもそも犯人どころか誰が殺されたのかさえ判らなくなります。そもそも、一家と報じられて信じていた事が違うらしい。 民事執行妨害については、断片的な事しか知らないですしそれが長い年月のうちに何をもたらし何があったのかは、判らない。既成の 事実という名の非事実は大きな壁となります。
2010年5月13日
甘栗と戦車とシロノワール<太田忠司>
高校生探偵・甘栗晃の第2の事件です。死んだ父の残した探偵事務所はしばらくは建物は存在しています。後は自分がどうするか。 ただの高校生と思っている甘栗の元に、私立探偵と思っている者が調査を依頼します。報酬はシロノワールで、調べはじめますが単なる 人捜しの筈が複雑な事件に迷いこみます。そしてだんだんハードボイルド風にも・・・。一つに繋がる事件と、全く別の事件とが併行 する手法が巧妙に絡まって予想外の展開になります。
2010年5月13日
日影丈吉全集8(3)<日影丈吉>
未収録短編も次第に私のリアルタイム読書の時期に入ってきました。この時期は作者の短編集が複数出ているので、未収録は少ないと 思っていたが見当ちがいでした。作品の幅がますます広がり、発表先の制約も少しは減ったように感じます。ただ、この時期昭和後半の には作品数が減少したという事もあり、未収録作品集も一気に時代が進むようです。いよいよ最後に近づいた日影ワールドは、辿りついた のか、もう終わりなのか複雑な心境です。
2010年5月19日
探偵Xからの挑戦状!<>
NHKテレビの深夜に放送されたドラマの原作です。8名の作家のアンソロジーの形になっています。問題編と解答編に別れていて 一応は推理ゲームの形です。辻真先・白峰良介・黒崎緑・霞流一・芦辺拓・井上夢人・折原一・山口雅也ですが、最近発表していない 作者も含まれています。自作キャラクターを登場させた人も複数いますが、あまり触れない方が・・・・。謎解きミステリの形ですので 最近本格が少ないという人には、パズル的な短編ですが一応はお勧めかもしれません。
2010年5月19日
氷の家<ウォルターズ>
作者のデビュー作で日本への紹介が早いという点で、恵まれていると言えます。一応本格ミステリというべきでしょう。冒頭から謎 が提示されます。古い氷室=氷の家で見つかった死者?。そして捜査官が登場します。後は捜査が語られる筈と思っていたら、なにやら 物語が停滞というか迷走というか、それとも伏線かどんどん拡大してしまいます。読み方が悪いのか、焦点がぼかされて行く気もします。 一体何を推理するのか・・あるいはこれはある種の恋愛小説なのか。そもそも何が事件なのか?
2010年5月19日
見えない影に<橘外男>
没後50年の作者です。戦後から数年に渡って起きた殺人事件?あるいは殺し合いが、日本各地とアメリカを舞台に描かれます。 ただしその背景は、戦国時代の佐賀の龍造寺と鍋島との間の事件が絡んでいるようにも見えます。それは、配下が主を討った下刻上事件 だったのか?。怨霊とは遺伝とか、いかにも怪談風ですし探偵小説風です。しかもはっきりした解決に達していないと思えます。答えは あるがまだ謎が残っていると思える結末です。
2010年5月25日
叫びと祈り<梓崎優>
ミステリは文字で表さない約束事が存在します。ただそれが、作者と読者、あるいは登場人物と読者、背景と読者の生活空間で 異なる場合も起きます。いや正確には、作者はその食い違いを承知の上で読者を迷わせるテクニックを使用します。ただそれを如何に 自然に気づかないように行うかです。本書の主人公は、世界中を旅行してその行き先で色々な事に遭遇します。そこに存在する文化や 思想の違いが読者にとっては、謎としてのしかかります。
2010年5月25日
煙で描いた肖像画<バリンジャー>
サスペンス小説の手法に複数の話を併行して進める方法があります。それがいつ頃からかは判らないですが、効果的に完成形で使用 したのが本著者の複数の作品で有ることは多くの読者が認めています。本作は、独りの女性を追い求める男性の話、世間の差別に抵抗 しながら次々と名前を変えながら生きて行く女性(ひょっとすると悪女?)の話が交互に進みます。そして、この種の話の約束通りに 二つの話は交錯してひとつになります。その時の形は・・謎。男性の話はあり得ない話かもしれません、それは恋愛小説の世界かあるい は現在ならばストーカー?。未来にサスペンスを残す結末?です。
2010年5月25日
花散らしの雨<高田郁>
時代料理帖シリーズの連作第2集です。江戸の文化と、浪花の文化の違い、そして企業スパイ(現代風にいえば)や病など次々起きる 事件のなかで、主人公の澪が工夫と成長をして行きます。半レギュラーの登場人物も増えて行きますが、見かけの小さい工夫と全く新しい 料理とは異なる事も学び始めます。住まいから片道2時間の所に開いた新しい店は、新しい事と問題を抱えています。女料理人の成長を 描く異色の時代小説です。
2010年5月31日
うさぎ幻化行<北森鴻>
本年に若くして急逝した作者です。遺稿といえるものの一つです。完成作の連載からの単行本化です。ただ、内容はいつもの凝った ものですが、全体のバランスを見るとこの作者にしてはまだ完成度が低いと感じます。暫定的な完成で、まだ多く手を加える予定が、 出来なかったのではないかとさえ思えます。「うさぎ」と呼ばれる人物が事故で亡くなった人の残した音のメッセージをたぐって行きます。 そこで出会ったのは、意外な人物でした。「うさぎ」と「音」と音のトリックを絡めた複雑な構成に入って行きます。
2010年5月31日
探偵くらぶ(中)<>
日本推理作家協会編のアンソロジー3冊の(中)です。本格編と題しています。「犯罪の場:飛鳥高」「絢子の幻覚:岩田賛」「 千早館の迷路:海野十三」「廻廊を歩く女:岡村雄輔」「接吻物語:川島郁夫」「破小屋:楠田匡介」「雲の殺人事件:島久平」「 痴人の宴:千代有三」「霊魂の足:角田喜久雄」「凧師:宮原龍雄」「神楽太夫:横溝正史」の11編です。本格ミステリファンで 1作も読んだ事がないという人は少ないと思いますが、雑誌以外では初収録はいくつかあります。
2010年5月31日
相剋<堂場舜一>
少女の失踪とそれを隠す両親、父親の会社は買収騒ぎの最中です。そこに十年前の暴力団の抗争事件や、現代の買収事件のうらや 交通事故や複雑な家族の背景が絡みます。捜査一課からの強力依頼事件までかみ合うと、収束に向かって集まります。警察小説の常道 を主人公の刑事の視点を主に、複数が集まる形式で描いて行きます。警察小説では、手がかりが登場した時に刑事と読者のどちらが先に 可能性に気づくかの競争になります。
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2010/05に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。