推理小説読書日記(2010/03)
2010年3月02日
七つの星の首斬り人<藤岡真>
奇怪な小説です。本格ミステリと言うべきでしょうが、素直に謎の連続殺人の世界に入って行きにくいです。首斬りとくれば、 ミステリファンにはお馴染みの設定になるのですが、奇妙なストーリーと登場人物は、どこか別の世界のジャンルの作品かと思い こまされます。振り返れば、あまりにも本格ミステリの常道を歩き過ぎる作品なのですが、現在ではちょっと変わった文体・ストーリー 登場人物が重なると素直に受け止められず、ややいやみな落ちがあるのではないかと疑ってしまうのです。あるいは、それも狙って いるのかも知れません。
2010年3月02日
Fの記憶<吉永南央>
年月を重ねても記憶から消えない、学生時代の「F」。それが3名の話として語られます。呪いをかけられるとは思っていなくても 人生・生活が狂うと何故か原因を過去の影に求めてしまいます。それがどのような形であっても・・・。そのような、存在である「F」 とはどのような人物か?・・そして最終話は、その人物の登場する話です。その人物が選んだ人生とは、他の3人がこの人物ならどうしたか と考える人物の人生と選択は・・・・。
2010年3月02日
水時計<ケリー>
現代英国の本格ミステリです。舞台となる「フェンズ=沼沢地帯」は、イギリスの小説には度々登場しますが、なかなかイメージが 具体化しません。この作品はそのイメージが作れるかどうかで印象が変わりそうです。時代を遡って発見される白骨と、凍った川から 見つかった死体の二つの事件を追います。過去・現在に起きる大洪水のなかで、事件は収束に向かいます。洪水のイメージは、最初の 沼沢地帯のイメージからきっちり繋がると面白く読めるでしょう。
2010年3月08日
脅迫状はレモンの香り<大谷羊太郎>
失恋してグアム旅行中の主人公の女性が巡りあった男性。そして、主人公の周りで起こる度々の脅迫行為や殺人未遂行為、そして 最後には遂に殺人事件が発生します。ひとりぼっちと思っていた主人公の周りで、多数の男女が動き回り複雑な状況が生じます。ただ 主人公の女性はそれに気づかず、理由も分からないので些細なことの積め重ねが大きな脅迫となってしまいます。サスペンス風の展開 が、最後で典型的な本格ミステリ風の解決をする不思議な構成です。些細な事=いやがらせの集まりの前半と、その最後の殺人とは動機 や見える現象と真実の関係が異なります。男女のもつれからのいやがらせがもたらす不思議な現象の背景は、見方でサスペンスになり ます。
2010年3月08日
宮野村子探偵小説選2<宮野村子>
日本ミステリの歴史の中で、位置つけの難しい作家であり、同時に分類しにくい作風の作家です。そして、作品が入手困難な一人で もあり、その全貌が見えないというのが実感でした。専業作家として著書は多くありますが、紹介される作品は限られています。そして 代表作が、作風を反映しているのかは判り難いです。作者が、トリックに全く興味を持たない犯罪小説派である事は幾つかの紹介に書か れていても紹介される作品が少なく、かつそのような理解とはやや異なるので、本当かと思ってしまいます。今回、多くの作品が紹介 された事で、ほぼその様であると認識できたと思います。
2010年3月08日
黒幕の選挙参謀<藤村正太>
戦後直ぐに「川島郁夫」名義で登場して多くの本格ミステリ短編を書いた作者ですが、時代が社会派に移行した時期に「孤独なアス ファルト」で江戸川乱歩賞で長編の世界に入りました。その時から、藤村名義に変わりました。基本は本格ミステリですが、社会派を 意識した背景を設定していますが、それがプラスかどうかは微妙です。ただ、環境がそのようにさせたのかも知れません。本作もストー リーは社会派的ですが、「川島」時代の代表作の「盛装」のトリックを長編の一部として使用しています。なかなか、面白いトリック ですが時代の変化に耐えているかは微妙です。全体にサスペンス的な雰囲気も多く、微妙な時代の本格ミステリと言えるでしょう。
2010年3月14日
なりひら盗賊<高木彬光>
典型的な伝奇時代小説です。御用金を盗んだ「六歌仙組」が一旦隠して、取り出すのに必要な情報を6枚に分けて持つ。そしてそれ の奪いやいが後日発生します。6人には、六歌仙に由来する名前がついており、一応の主人公のなりひらは「在原業平」になります。 仲間割れや裏切りや、横取りを狙う人物が入り乱れて登場します。ストーリーは、定番設定ゆえに逆に自由自在に出来ます。どの時代も どの国に拘わらず、見立てと由来する複数の物を集める趣向は途切れる事のない定番です。
2010年3月14日
夏の口紅<樋口有介>
この作者の作品の中で、ひとつのグループを作る青春ミステリです。主人公は子供から大人になる時期ですが、周囲には双方の人物 が登場します。本作の主人公は父親が亡くなり、珍しい蝶の標本を2つ残しました。イラストライターの年上の女性とつきあっているが 恋ではなさそう。そこに妹?若い女の子が現れるが良く分からなくて、調べ始めます。母や親戚をしらべるうちに・・・・。そして、 主人公は若い女の子の素性に辿りつきそして・・・・。始めて青春に気づく?・・・。自分探しだったのか。
2010年3月14日
探偵くらぶ(上)<>
日本推理作家協会編の50周年記念の3冊のアンソロジーの1冊目です。1946−1958という事で懐かしい名前が並びます。 12作収録ですが代表作も多く、既読は5作です。記念アンソロジーとして妥当な人選・作品ともいえます。所属作家数からは、とても 3冊では無理ですので、現在でも直ぐに読める作品は外してあるようです。アンソロジー作りの難しさでしょう。個人作品集を期待する 作家もいますが、それは実現は難しいのでしょう。
2010年3月20日
八朔の雪<高田郁>
シリーズ名は「みをつくし料理帖」です。大阪で老舗の料理店がなくなり、奉公人とおかみが東京に行きます。そこで主人公の娘が 大阪と江戸との料理の差を感じながら、新しい料理を作り出すシリーズです。新しい料理で人気が出ても、直ぐに模倣品が出回ったり 同業者のいやがらせがあったりします。その度に再度、新しい料理の創作に立ち向かいます。捕物帳ではなく料理帖である事が特徴です し、巻末にレシピが掲載されている事がより特徴です。料理というのは、江戸の風物詩としては非常に向いているテーマであるともいえ ます。
2010年3月20日
日影丈吉全集8(2)<日影丈吉>
単行本未収録集は多くのページになりました。その約、1/4の2回目を読みました。発表年台順ですから、環境は次第に枚数制限が 緩くなり1作ごとの枚数が増えてきます。そして、本著者の幻想作家とのイメージと異なり本格ミステリが主流です。多彩な作品を書いた が、幻想風な作品が単行本になり、本格風が未収録になったと思えます。ただ、トリックとか論理の新しさを目指したもので」なく、如何に 表現するか、自分の作風で描くかに重点が置かれています。
2010年3月20日
私の大好きな探偵:仁木兄妹の事件簿<仁木悦子>
度々作品集等が出されていますが、収録5短編中の1作少年少女向きの作品で、単行本初収録の「みどりの香炉」である事が特徴です。 残り4作は度々、出会う作品ですので、私と同様に1作目当てで読む人も多いと思います。少年少女向きの作品はまだまだあると思います が、登場する主人公が仁木兄妹の子供の頃というのはもう無いかもしれません。解説の書誌の記載はそのようになっていますし、たぶん 他に存在する可能性は少ないでしょう。
2010年3月26日
溺愛<フレムリン>
初紹介では無い様ですが、私は初めて読む作者です。本格とは言いにくいですが、シンプルなサスペンスともやや異なります。 1人称で人間の感情を描くと、読む方は非常に不安になります。感情という個人の主観をえんえんと描かれると何が真実か判らなくなり ます。そこを不安のみで、真実と主人公が思う事を読者に如何に信じ込ませるのかが作者の腕でしょう。本作は、舞台を普通の人物に する事で読者に近づかせようとしています。ただ、最近では読者が慣れてしまってサスペンスは難しくなっています。
2010年3月26日
妖精島の殺人(上)<山口芳宏>
量産の出来る本格推理作家は少ないです。これはやむを得ないのですが、執筆に時間がかかるのとアイデアがないのとは異なります。 ペースは遅くても継続的に発表する・・これが出来る作者・特に新人が減っています。その下地には、ミステリを取り巻く環境もあり ますが、専業作家を目指す上では避けては通れない難関です。本作者は、鮎川哲也賞受賞の本格ミステリ作家ですが、本格ミステリを 量産出来そうで期待出来ます。
2010年3月26日
妖精島の殺人(下)<山口芳宏>
ページ数の多い作品が氾濫している中で、2冊に別れた本作は1冊でも可能な長さで微妙です。しっかりした本格ミステリですが、 あまり話題にならないのはメイントリックに類似前例があるからでしょう。大きなトリックほど類例が目立ちますが、細部の処理は異 なりますし、そもそも深く悩むといつかは本格から離れるか、作品を書けなくなります。その意味からも多くの作品を発表する事に 意味があると言えるでしょう。トリックではなくミステリ小説をコンスタントに書く事は重要と思います。
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2010/03に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。