推理小説読書日記(2010/01)
2010年1月01日
「謎解き」殺人事件<筑波耕一郎>
交通事故は、目撃者がいなく死亡の場合は原因不明になる場合が多いです。事故・自殺・他殺・ひき逃げ等の謎が付いて回ります。 科学捜査以外で論理的に解決出来るかどうかは疑問ですが、ミステリ的な謎の設定には向いているようで多くの作品に登場します。 単独事故か、複数事故か自体が謎の場合や、ひき逃げの可能性やどちらが原因かなどは普通の謎です。ミステリでは、もう一段深く謎 を設定します。ただ、どうしても証言に頼る捜査になる面がありますし、慎重な科学捜査を怠った事が謎を深めるといった設定も多く なります。多く登場する割りには、扱いが読者を納得させにくいテーマです。
2010年1月01日
函館・立待岬の女<斎藤澪>
岬の女シリーズというべきでしょうが、題名以外に共通点はありません。本作も題名とは異なる舞台が中心で、現在と過去を結ぶ 謎が展開します。売れない女優・中堅女優・新進女優と分けても、ある時代での切り口でしかありません。だれでも、新進時代はあり ます。それが子役でも、エキストラでも・・・・。そこで会った監督やスタッフや俳優とは、歳がたった時に憶えている場合も忘れて いる場合もあります。個人的な思い出とはそれは無関係です。主人公は、そんな過去と売れないと中堅との間の女優です。主人公が 過去に戻る時に、ストーリーは微妙に展開してゆきます。それは主人公の手もはなれてしまいます。
2010年1月01日
ウエディング・ドレス<黒田研二>
デビュー作・新本格となると、作風不明・ジャンル不明になりますので、どの様に読むのか悩みます。とにかく読みにくい内容 ・ストーリー展開・文章です。新本格に多いトリック小説と分かるにはかなりの時間がかかります。複雑な構成を使用するには、整理 が付いていません。読者が自身で整理するには、作者の信用がまだありません。結果的に、内容不明になってしまいます。荒く読み 過ぎたとは後で感じても、再読するには躊躇します。複雑な構成ほど、整理された読みやすい内容が必要ですが、デビュー作では作者も まだ手探りなのでしょう。
2010年1月07日
贋作「坊ちゃん」殺人事件<柳広司>
夏目漱石の「坊ちゃん」の続編という立場の贋作ミステリです。実は小説「坊ちゃん」の裏には、隠された真実があり主人公は 東京に戻っていたが性格上で仕事は長く続かず、訪れた「山嵐」の誘いで再度四国に行きます。そこで、目にするのは、「坊ちゃん」 で書かれた内容の裏に別の真実があったと言う事です。自殺が実は、殺人だったのか、主人公が見ていた人物像は全て別の姿だったのか 。なにしろ気が短くて、ものごとを深く考えないで自分本意で見てしまう世間知らずですから、その見方が間違っていた事は大いに 可能性はあるのです。
2010年1月07日
輝く日の宮<丸谷才一>
国文学者の杉安佐子は、短編小説を書いた経験もある学者です。彼女が「芭蕉の東北行」の解釈を発表します。それもきっかけに なり「日本の幽霊」というシンポジウムにパネラーででますが、そこで「源氏物語」の幻の第二巻と言われている「輝く日の宮」で 議論に発展します。併行して、主人公は実業家の男性との恋愛が始まります。「輝く日の宮」を題材に小説を依頼された主人公は、 男性と議論しながら準備をします。その男性は1年以内に結婚する事を条件に社長に抜擢され、主人公に求婚します。冒頭の小説、 旧字体まじりの不思議な文体での内容は、この作品自体が実は、依頼されて書いた小説を思わせます。そして、小説のラストでは はっきりしていない「輝く日の宮」削除の理由が実は小説全体の現代の部分に含まれるのではないかと思えます。
2010年1月07日
黒い山<スタウト>
エレベーターで上下するだけの探偵との印象のウルフが、祖国モンテネグロのブラックマウンテンに、謎の解明を求めて出掛け ます。アーチーも勿論同行しますが、語学の苦手なためいささか頼りありません。小説全体としては、謎の解明に関わる部分が必ず しも多くはありませんが、いつとは違うウルフの行動は逸話としては読み抑えて置きたい内容です。ウルフの過去あるいは、自身の 関わる事を確認して行く過程は、最大限の自伝風ともいえます。
2010年1月13日
知りすぎた男<チェスタトン>
最後かといわれながら続々と出るこの作者ですが、広義のミステリという事でジャンルの解釈の差で見解が分かれるのでしょう。 本集も新訳ばかりでないようですが、単行本の重複は避けているというややこしい短編集です。短編集の翻訳紹介の方向性が決まって いない事がまたしても明らかに・・。内容的にも戦争や国家や地域紛争が背景または直接に関わるので、日本人には厳しい所もあります。 この作者は、文体の特徴をたびたび言われますが翻訳では伝わらないのが良いのかどうか微妙です。
2010年1月13日
魚舟・獣舟<上田早夕里>
中編1作と短編5作の作品集です。いちおうSFと言ってよいでしょう。未来社会を描きますが、幻想的でもあり怪奇的でもあり ます。全くの幻想と読むか、あるいは現在にもそのごく一部が見え隠れしていると見るかでかなり読後感が変わるでしょう。微妙な 微かな現実性は何かの警告を思わせます。それは考え過ぎとしても、その部分が本集の成立に大きな影響を及ぼしていると思えます。 その切れ味的には、短編の方が中編よりも向いている気がしました。
2010年1月13日
製鉄天使<桜庭一樹>
少年と少女は成長して大人になります。特に少女は、大人になる事を自ら気づく出来事があります。少女時代は、限られた時間 のみ存在します。従って、ある少女によって集まった集団は突如として現れて、突如として消える謎が生じます。その伝説的な期間 を書いた小説です。鳥取を支配する暴走族集団に誕生した少年リーダーと、本作の主人公の少女リーダーです。少女は暴走族「製鉄 天使をひきいて、鳥取>島根>岡山>広島>山口と中国地方を統一してゆきますが、その結末は・・・。これはアクション小説でしょうか あるいは青春小説でしょうか、まさかハードボイルド?、その底辺に流れるのは伝奇小説の面影です。
2010年1月19日
罪灯<佐々木丸美>
主人公の4姉妹のそれぞれが中心の、4短編からなる作品集です。幻想小説の味が濃くなって、作風に忠実になった気がします。 まだミステリ的な要素の拘りも残っていますが、短編になると薄味でも気にはならないです。短編はこの作者にあっていると思います。 春夏秋冬を名前に含む4姉妹は、性格もそれぞれ反映していると書かれていますが、個性よりも似た姉妹に思えます。犯罪と悪戯の区別 が付かない少女の行為は恐ろしい悪意を感じさせます。
2010年1月19日
蛇、もっとも禍し(上)<トレメイン>
修道女であり法廷弁護士であり国王の妹のフィデルマが主人公です。日本への長編の紹介は3作目です。現役の著者という事で リアルタイムで優れた本格ミステリが書かれていると思うとわくわくします。翻訳が発表順でないので、謎が少なくなる部分もあり ますが国や宗教や歴史などがかかわる陰謀と、個人的な事情が絡みます。なかなか日本人には理解しにくい部分もありますが、アイル ランド古代の研究家が著者であれば現実的な歴史を踏襲しているとの事です。注記が多いですがそれも読める部分です。
2010年1月19日
蛇、もっとも禍し(下)<トレメイン>
岬のはずれにある修道院での殺人事件の調査におもむいたフィデルマは、途中で無人の遭難船に出会います。そこには思いがけない 物が残っていました。到着すると修道院には不思議な状況があり、他の謎が次々と見つかります。複雑な人間関係や国をおびやかす陰謀 さえ表面化します。複雑に込み入った謎が最後に一気に解決します。このシリーズの前作では、20%程度の解決部でしたが、本作はやや 短めです。それでも最近のミステリの殆どより長い解決部分です。長い論理を展開して探偵役が謎を解くという本格ミステリの醍醐味が 存在します。
2010年1月25日
魔婦の足跡<香山滋>
秘境小説・幻想小説・SF小説などの独自のジャンルを書き続けた作者の長編です。多くの短編を書いていますが、長編は多くはありません。 前編:都会と後編:大洋上とに別れていますが、短い長編です。謎の少女が登場してそれに振りまわされるように、予想外の展開を見せ ます。元々前編の都会でのサスペンス風の展開がこの作者では珍しく、それが後半になると孤島での展開になります。後半はまさしくこの 作者の世界です。読者が謎を解くのではなく、作者の奇想に振り回される事を楽しむ作品です。
2010年1月25日
素浪人屋敷<高木彬光>
いわゆる伝奇小説です。遠山奉行にそっくりの、素浪人の神尾左近が活躍するシリーズの1作です。次々登場する妖しげな人物と 伝奇小説ならではの謎とサスペンス的な展開が奔放に書かれています。二つ名の女、唐人屋敷、財宝の行方、裏の陰謀等は、この種の 小説の登場アイテムですが、可もなく不可もなくふんだんに登場します。不死身の主人公は、シリーズでは当然ですが、この分野でも 作者は手慣れたストーリーを作り上げています。
2010年1月25日
トスカの接吻<深水黎一郎>
欧米では演劇やオペラ等を主題または背景にした作品は非常に多いです。当然に日本でもありますが、まだ少数派と思えます。本作は 歌劇「トスカ」上演中に殺人が起こります。関係者も殺人方法も容疑者もオペラ関係です。日本文化の中でのオペラは一般に知られている ものでないので、どうしても説明部に多くを費やす必要があります。細部の殺人方法も特定のオペラの知識がないとわからないので展開は 本来の本格ミステリ以外の所で苦労しています。あるいはこれは情報小説ではないかとさえ思う所もあります。ただ、本格ミステリとして 見るとオーソドックスな設定になっています。背景の選択で異なる印象を受けるように思います。
2010年1月31日
完全密室殺人事件<大谷羊太郎>
題名のように密室も登場しますが、勿論完全・・ではありません。連続殺人事件でかつミシングリンクのテーマに近いです。ひとつの トリックに頼ったり読者に罠を仕掛けるタイプでない、複数のトリックの組み合わせで構成されてオーソドックスな本格ミステリです。 多くの事件・トリックを多くはないページ数に詰め込んだ作品ですので、読者の好みが分かれる作品でしょうが、本格好きにはこのシンプル さは好ましいでしょう。
2010年1月31日
探偵は今夜も憂鬱<樋口有介>
女性に弱い探偵・柚木草平のシリーズです。ハードボイルドスタイルで、事件は一つでじっくり書きこまれています。主人公の不思議な 魅力で話が作られています。不思議な女性との接点も意外と多く、都合がいいとも言えるが微妙なアンバランスが面白いとも言えます。 アクションでも組織でもなく、主人公の行動のなかに伏線が少しずつ挟まれています。謎よりもストーリーを楽しむ小説です。主人公の 一人称が生きています。
2010年1月31日
日影丈吉全集8(1)<日影丈吉>
全集8巻は単行本未収録短編集です。7巻の後半と合わせて全て収録を目指しています。ただ編者の予想以上に多かった様で、他の巻 よりも大幅にページ数が増えています。単行本未収録がこれほど沢山あるとは、個人的にも意外でした。そして、幻想的な作品のみが、 短編集になり、それ以外の初期の作品は単行本にならなかった事が判ります。そしてそのジャンルは、色々なタイプの本格が主流です。 少ないページ数で謎解きのみに拘らない作風がいろいろなタイプの作品になった様に思います。
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2010/01に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。