推理小説読書日記(2009/09)
2009年09月03日
オレたちバブル入行組<池井戸潤>
題名からは、ノンフィクションかドキュメンタリーと思うかもしれませんが、通常の金融小説です。銀行組織の不思議な構造と 自己養護の上司の下で、揺り動かせられる人物の行動が描かれます。金融界の仕組みが多数の謎に満ちていますので、サスペンス性は 十分にあります。バブル入行組は特権的に優遇されて銀行に入ったものの、舞台となる時期では色々の問題が金融界に押し寄せています。 その中で、同期という人脈をひとつの情報源として、部下をスケープゴートとして自身の自己養護をはかる上司に如何に対抗するのか というストーリーとなっています。
2009年09月03日
ホペイロの憂鬱<井上尚登>
サッカー、それも「JFL」所属チームを舞台にします。ホペイロとは、チームの裏方の用具係です。それを担当する主人公の視点から 描かれます。謎の濃度から言えば、日常の謎派的ですが謎の部分以外が構成上で難点が感じられます。日常の謎派の作品は、謎を解く 探偵役を別において主人公や探偵役の思いや考えや行動を描く事が多いです。主人公自身が探偵役である例もありますが、その場合は その人物がかなり変わった性格や考え方の持ち主です。いずれも謎以外の部分でも、小説的に読者を引っ張るようになっています。 この連作では、主人公で探偵役が個性が少なく、逆にその周囲の登場人物が個性的です。やや主人公に不満が残ります。
2009年09月03日
福岡・富山、裏切りの殺人ルート<金久保茂樹>
この作者の作品は主人公が不思議に変わります。本作ではお馴染みの秋月顕一と美代川麗子に警察出身の黒岩勇二が加わります。 舞台は広く、旅行社といえどもこんなにあちこち捜査に旅行してよいものかと思うのはいつもの事です。トラベルミステリー特有の トリックとそれ以外の小技を重ねた構成は、謎としてはまずまずですが、如何にも大がかりなストーリーはマイナスになります。 足で繰り返し調べるトラベルミステリーはなかなかこの壁を越えた作品が少ないようです。
2009年09月09日
暴雪圏<佐々木譲>
北海道東部の広尾署・志茂別駐在所に単身勤務してきた川久保篤巡査部長が「制服捜査」依頼の長編での活躍です。ジャンルは犯罪 小説・警察小説です。面白いのは、稀な大雪で地域がいわゆる雪の山荘状態に閉ざされてしまう事です。本格ミステリに多用される舞台 ですが、警察小説でも面白い展開になります。前半で複数の事件が併行して生じます。殺人から放火、その他プライベート等色々です。 その関係者が移動中に特に雪の吹き溜まる道路のそばのペンションに集まってきます。暴雪でそこからでれない状況です。雪がやんでも 警察本体はすぐには近づけないが、志茂別駐在所川久保巡査のみはいち早く駆けつけます・・・。
2009年09月09日
タナスグ湖の怪物<ミッチェル>
ようやく日本に紹介され始めた本作者ですが、主人公のブラッドリー夫人が奇妙な人物です。本作では、ファーストネームで書かれて いるので、ふと見失いそうになります。SF背景の本格ミステリがあるなら、SF要素のある本格ミステリもありです。ただ解決がSF的では 謎は解きがたいので書き方には注意が必要です。湖に登場する怪物が登場??する本作品では、怪物の有無と事件の解決は一応分離 されています。妙な背景を設定したとは思いますが。独特の作者のペースは好まない人もいるでしょうが、個性的です。
2009年09月09日
灼熱<斎藤澪>
灼熱と書き、ジェラシーのルビがふってあります。ジャンルでいえば、サスペンスでしょうか。遊び好きで自信家の主人公が最後に 一気に破滅してゆく様子を伏線的サスペンス的ホラー的に描いています。登場人物の性格を読者と主人公のどちらが見抜く事が出来るか の競争で展開が読めるかどうかですが、全て主人公の反対というのは酷でしょうか。それほど主人公は、すべての周囲に憎まれていた 事に気づいていなかった事になります。
2009年09月15日
GOSICKs3<桜庭一樹>
シリーズ3冊目の短編集です。本編では最後期に近い時期です。秋に入ってころの出来事です。九条が、世界中の面白ろそうな話を 本で探して、ヴィクトリカに読んで聞かせるという筋です。本のなかの謎を、聞きだけで解いてしまう、安楽椅子探偵のスタイルです。 シリーズで一番多いスタイルですが、これに架空?の時代の話をはめ込む事を行っています。 時期的に別れが近づいている二人が語り合う内容になっています。
2009年09月15日
スラデック言語遊戯短編集<スラデック>
サンリオSF文庫の1冊なのだから、たぶんSFなのでしょう。しかし、何がテーマかは判らない、あるいは判らせない、或いは無い。 読みづらいのか判りづらいのか、理解する必要がないのかも不明です。やや長めのショートショートと言えそうです。たぶん、長く 書くと読者が逃げるのかもしれない。ユーモアとも言い難いし、たぶん感想を正確に伝える事も難しいのでしょう。
2009年09月15日
贖罪<湊かなえ>
多視点のハードボイルド小説・冒険小説がたくさん書かれるようになり、いわゆるモジュラー形式の手法は読者になじんで来たと 思います。本格ミステリとはいえるかどうかは微妙ですが、それに近いジャンルでもこの手法は多用されるようになりました。 ストーリー的に切れ切れになり、最後に収斂するので、必ずしも謎は少なくても、小説の構成的には読者には謎・問題として提出出来る 利点があります。その面ではやはり本格ミステリよりは、ハードボイルド・冒険小説に近いと言えるでしょう。伏線は貼っても、論理的に それを利用できるのは、全部の話が揃ってからですから解ける謎は無いに近いのが本格好きには難点でしょう。
2009年09月21日
溺れる人魚<島田荘司>
可能性は低いが起こりうるかも知れない事件・謎が起きた状況で、ストーリーを展開するのが本作者のスタイルのひとつです。 当然、デビュー時には多数の反対・批判がありました。長年の実績で作者独自にスタイルとして受け取られるようになって来たと感じます。 理系の筆者には、確率計算上で受け入れられないものもいくつかありますが、奇想といえる発想の作品が少ない現在では、本作者の作品 群は貴重な存在となっています。活動の幅は広げても、いまだに旺盛な筆力は他の作家にも見習ってほしいと思いますし、奇想を期待して も本作者のスタイルの単純な模倣は受け入れ難いでしょう。世界を舞台にした作品群もスタイルに合っていると思います。
2009年09月21日
シルバー村の恋<青井夏海>
1年1冊をコンスタントに出版している作者は、それなりに楽しみとも言えます。舞台は、日常の謎的で、謎の設定は本格のスタイル という独特のスタイルです。連作短編が、全体で長編的になるのも自然にまとまっています。如何にも、練られた巧妙な作品と言える でしょう。特に短編ごとに視点がかわり、それがあつまると他人の見方が実に偏ったものなのかが分かる仕組みは巧妙です。
2009年09月21日
パラドックス実践 雄弁学園の教師たち<門井慶喜>
雄弁をモットーに教育する学校というのは、ある意味で先生も生徒も歪んで見えて恐ろしいです。その学園を舞台にして、そこの 個々の教師の眼からみた短編を集めて、全体で長編的に見える連作集です。生徒側から書かれていないので、その内面は憶測する事に なります。個々の登場先生は、色々な悩みを持っています。如何に学園の方針に従うか、その教育を受けている生徒に向かうか。 最大は、考え方や感性が全く異なる先生が如何に立ち向かう事が出来るかです。
2009年09月27日
黄金の灰<柳広司>
主人公はトロイを発掘したシュリーマンで、語り手がその妻のソフィアという異国・歴史背景のミステリです。トロイでの発掘時に 発生した連続の謎、それを解き明かします。ただそれ自身が、実際に起きたことかあるいは、異世界で起きた奇跡か判りません。ただ そこには多くの謎とその解明があるだけでした。作中で繰り広げられる推理競争的な進行は、読者も異世界に誘うものです。それには この特殊な背景が大きく影響しているように思えます。
2009年09月27日
聖女の救済<東野圭吾>
ガリレオシリーズのドラマ化で登場した、女刑事・内海薫が小説に登場します。読者サービスかと思いきや、実は作品構成的に 重要な役割を与えられています。謎に満ちた毒殺事件に、湯川は虚数解をようやく見出します。論理的に可能性はあるが、実際には 証明出来ない筈の解、それが虚数解です。完全犯罪が行われたのでしょうか。しかし、一人の人物の複雑な感情と行動がそれを動かし ます。
2009年09月27日
長脇差大名<高木彬光>
本作者の伝奇小説の1冊です。元大名が女侠客を恋女房にして、自らも江戸の侠客になり活躍する連作です。主人公はひと呼んで 侠客大名五郎蔵という設定です。まあ、第1話で設定されるのですが・・・。主人公が色々な悪と対決する設定は、時代小説のひとつ のパターンで、捕物帖に近い時代犯罪小説となります。
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2009/09に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。