推理小説読書日記(2009/05)
2009年05月01日
短劇<坂木司>
26作からなる短編集です。ショートショートが正しいかも知れません。短編では日常の謎を書いている作者ですが、より短い 作品では、背景がより広がります。軽い謎のある話、落ちがある話・あるいはもっと飛んだ話が主体になります。一寸雰囲気が変わる 気がします。ショートショート特有の切れは感じますが、短編で強かった登場人物の個性は書くスペースはありません。この作者特有 のひねった背景と、ひねった落ちが重なった作品集です。
2009年05月01日
嗤う闇<乃南アサ>
女刑事・音道貴子シリーズの短編集です。所轄に移動した音道が色々な形で登場する4作の作品集です。本庁から所轄に移動に なると、担当以外の事件も取り組む必要があります。各担当部署の人数が少ないので、夜勤等では、各部門の全員が全ての事件に 対応する必要があるからです。当然に登場する刑事も変わります。それだけでも、音道の活動範囲が広がりますが、音道の恋人や シリーズでお馴染みの滝沢刑事の登場します。4作の短編集ながら、多彩としかいいようがないでしょう。
2009年05月01日
晴れた日は、お隣りさんと。<福田栄一>
長編ですが、複数の短編をランダムに組合わせた構成です。これはこの作者の作品に共通する特徴でもあります。オムニバス 短編集と長編との間のイメージです。主人公の芝田菜美が郷土資料館に勤めるために、引っ越した先の隣にいたのが風変わりな 増淵です。どうも不思議な過去があるようですが、それ以外にも職場や近所に色々な人と出会います。慣れない仕事や生活の中 から次第になじんで行きます。その過程で出会う小さな謎が組み合わさって話が進みます。
2009年05月07日
空飛ぶタイヤ<池井戸潤>
金融界を中心に書いてきた作者が、それも含めてより広い視野にたち書いた作品です。読んで行くうちに、実際のモデルを想定 してしまいますが、勿論陰の部分が中心ですから取材小説ではなく、想像で発展させて小説でしょう。発端は、中小企業の運送会社 が走行中にタイヤが外れて飛び、死者を出す事件です。その会社の社長には整備不良ではない確信がありますが、製造メーカーは整備 不良として部品さえ返さない。警察も大企業の発表を鵜呑みにするばかり、そこに取引銀行も貸し渋り・貸し剥がしを行うという、 重大な危機を迎えます。大企業だから大丈夫、中小企業は信頼出来ないという多くの人の思い込みが謎を解決する事を阻みます。 大企業の中の勢力争いと傲慢さに立ち向かう中小企業に、勝てるきっかけはあるのでしょうか。
2009年05月07日
裁かれる花園<ジョセフィン・テイ>
この作者は、「時の娘」ばかりが有名でそれ以外の作品を読む機会がありませんでした。最近にようやく読めるようになると 以外や本格ミステリではありませんか。それならもっと紹介して欲しいと思います。ところが、本作は上記のどちらでもない奇妙な 作品です。日常の謎派とも言えるほど、ミステリ味は薄いです。のんびりした時間のながれが向いている背景で、なかなか事件も 起こらず・進展せずで実に先が読めない展開です。
2009年05月07日
エコール・ド・パリ殺人事件<深水黎一郎>
まだ新人の不可能犯罪です。この作者はミステリをほとんど読んでいないのか、複数登場するトリックが前例のあるものばかり です。勿論、トリックの再利用は否定しませんが、わざとか知らずか大げさに自慢げに話を展開するのは全く賛成できません。 そして、これは作者のせいではないと思いますが、キーになるエコール・ド・パリに関する各章の始めの蘊蓄が活字が読みづらく 実質とばすしかない状態です。率直にいえば、今後大丈夫だろうかと心配になります。現在は新人の習作の域をでませんが、数少ない 本格派として内容のある作品を期待したいです。
2009年05月13日
夜明けの街で<東野圭吾>
長編です、ただし「番外編 新谷君の話」という短編が付属しています。付属というよりこれが目玉なのですが・・。 主人公は平凡な結婚生活をおくっていると思っており、不倫などとは無関係と信じています。そんな主人公の職場にやって来た派遣 の女性、いつしか予想もしない展開になって行きます。ところが、何の経験もない主人公は親友にどうすれば良いか訪ねるという 鈍感さです。おまけに妻へのアリバイ作りまで頼んでしまういい加減さです。そのうちに事件に巻き込まれて、ますます深みにはまり ます。そして最後には、全てを失う事になる・・のでしょうか。そもそも、不倫に協力する友人なんているのでしょうか。それは・・。 本作のポイントです。
2009年05月13日
大相撲殺人事件<小森健太朗>
通称「バカミス」というものがあります。また「ユーモア小説」というものもあります。本作品集は、いわば「本格ブラック ユーモア小説」なのでしょう。アメリカ人の主人公が漢字が読めずに間違って相撲部屋に入ってしまうのも、どんどん昇進するのも そして、その相撲部屋でやたら事件が起きて、死者や犯人が出るのも不自然きまわりないですが、そこは無視するのが本作の読み方 でしょう。どの短編をとっても、まともに展開するものがありません。でもそれ故の突飛もない展開は、この設定でのみ可能なの でしょう。
2009年05月13日
素浪人奉行<高木彬光>
この作者も多くの時代小説を書いています。その内容は「捕物帳」と「伝奇小説」です。本作はその双方を併せ持っています。 遠山金四郎にそっくりの主人公の神尾左近が、奉行が忙しいので代わりに町で取り調べることになります。でも背中に刺青がなく ばれないように苦労します。そして、その後は伝奇小説の王道的に謎が謎を呼ぶ展開で進みます。現在は時代小説ブームとも言われます が、手法的に新しい事はあまり見かけません。複数のジャンルの融合と時代背景の広がり等でしょう。勿論、小説は手法よりもストーリー の占める部分が大きいと言えますし、伝奇小説が類似の展開が多い事は昔も今もそれ程変わらないと思います。あとは読者が選ぶ事 でしょう。
2009年05月19日
爆風圏<海渡英祐>
昭和30年代の日本ミステリは、社会派という言葉で語られる事が多いですが今や死語に近いとも感じます。一方で、ハードボイルド 小説・冒険小説・スパイ小説もこの時代から本格的に始まっています。こちらは次第に成熟して、今やミステリの大きな部分を占めて います。本作もその時期に書かれた作品です。作者の狙いが、ハードボイルドとスパイ小説の双方を含める事にあり、結果的にまずまず の作品ですが、これらの分野の初期の代表作としては紹介されていない様です。確かに、これ以外にも青春小説・本格小説的な面もあり 新しい分野に正面から取り組む姿勢が弱いと見られたのかも知れません。むしろ分野が成熟してから、拡大する段階で登場する作品の イメージがあります。逆にスタイルはやや古風ですが、内容は現代風ともいえるでしょう。
2009年05月19日
花まつり殺人事件<斎藤澪>
初期のサスペンス・横溝正史のイメージが強く、初期の作品のみが代表とされがちな作者ですが、次第に作風を広げ本格ミステリ も優れた作品があります。本作は非シリーズですが、北海道の襟裳岬から帯広にかけてを、主な舞台として、冬の花まつりをキーワード に姉の死を妹が追うという本格推理です。養蜂者を追っての移動もありますがトラベルものではないでしょう。むしろ、恋愛絡みの 本格ミステリで主人公の設定自体が悲しい結末を予感させます。
2009年05月19日
シチュエーション・パズルの攻防<竹内真>
文壇バーの小僧になってしまった学生が主人公で、そこにくる2人の作家・辻堂珊瑚朗と藤沢敬五を中心にくり広げられる安楽椅子 探偵風の推理競争を中心に話が進みます。はっきり区切られた連作というよりも、連続した連作と1冊のなかに流れるストーリーが 重ね合った長編的な雰囲気があります。安楽椅子推理といっても落ちのある謎的な部分も多く、登場人物の面白さと大小の謎の組合わせ を楽しむ本でしょう。
2009年05月25日
夜明け前の殺人<辻真先>
演劇の舞台での事件は、欧米ではありあまる程沢山あります。日本もあるにはありますが、比率的には少なめです。書く方にある 程度の知識が必要な事もありますが、日本の読者に共通の演劇等の知識が育っていない方が大きいのではないかと思います。ミステリ では共通認識はわざわざ伏線や説明で書く必要がありませんが、日本では色々と説明が必要になってしまいます。英国のシェークスピア 作品は一々説明しないで使用されていますが、日本の読者にはほとんどの作品は内容は分かりません。日本でも多くの説明なしで使用 できる作者・作品はあります。本作の背景になっている、島崎藤村と「夜明け前」もその一つでしょう。ただ素材の説明なしと、謎の 設定として使用するのとは異なります。従って、本小説は謎の部分はやや外した部分に設定しているのもやむをえないでしょう。
2009年05月25日
稀覯人の不思議<二階堂黎人>
本作者の手塚治虫ファン度は極めて高いです。どこの世界にもいるマニアは、第3者からは不思議ですので題名はいまさらでしょう。 とにかく、作者の手塚作品・コレクターの知識は膨大でそれを背景に話は進んでいます。マニアを登場人物にすると不思議な行動を 描く事が可能ですが、それをミステリの謎と結びつけて小説的なバランスを取るのはかなり難しいです。レギュラー探偵の水乃サトル が登場しても、なかなかそのバランスを保つ事は難しい事だった感はあります。
2009年05月25日
ホームタウン<小路幸也>
家族的に不幸な兄妹の兄が主人公です。家を離れて仕事をしていますが、結婚を控えた妹が失踪してしまいます。それどころか その相手も失踪してしまいます。それを調べ始める主人公は故郷に帰ります。故郷=ホームタウンでしょうか。小説的には、だれもが 予想する展開がありますが、はたして本作はどうでしょうか。偶然なのか?、ミステリ的にはそうなるように思いますが、そこにこだわら ないで進めて行くとその附近は忘れさせられる気もします。作者は読者に、謎を挑戦していないのではないかと。
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2009/05に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。