推理小説読書日記(2009/03)
2009年03月02日
シャイロックの子供たち<池井戸潤>
シャイロックとは「ベニスの商人」に登場する金貸しですが、銀行を舞台に融資を中心にした複数の人物とその家族と担当融資先 を舞台にした色々な事が描かれます。本作の構造はかなり複雑かも知れませんが、金融や銀行が苦手な人にも読みやすいように作者 は工夫していると思います。登場人物の重なりと出し入れが、個々のエピソードで微妙行われています。それが、金貸し業の逸話集 としても読めるので、その方面は詳しくなくても自然と理解出来るのでしょう。バラバラな終わり方は、逆に読む方を悩ませます。
2009年03月02日
まいなす<太田忠司>
主人公の中学生の少女の那須舞は、英語読みでは「まい−なす」となりそれがニックネームになり、本人は好きではないようです。 その舞は何故か、友達から相談をされる性格で、色々と事件にまきこまれます。そのなかに、まるでタイムマシンで時間移動したかの ような事が2つ生じます。叔父の与一の助けで、活動的な主人公は事件を解決してゆきます。タイムマシンの謎を奥底に、複数の謎が 混ざってすすむ、深いとも軽いとも読む方で取れる内容でしょう。
2009年03月08日
マイナス・ゼロ<広瀬正>
20年以上前に文庫版の広瀬正全集がでましたが、現在また復刊されています。ファンはまだ多いのでしょう。SFに関しては書か れた時代を考慮しないと流石に古さは感じます。書かれたのはもっと前の1970年ですから、まだ先駆的な作品だったのでしょう。 タイムマシンというテーマは、アインシュタイン以降は利用の仕方が限られてくるので、後で書かれた方が洗練という面では有利 です。タイムマシンで行った先は同じ時代でも作品ごとに描かれ方が異なるので、このテーマは継続して書かれるのではないかと 思います。
2009年03月08日
UFO大通り<島田荘司>
御手洗と石岡の横浜時代の話の中編2作の作品集です。島田作品の謎の構成や、「XXに見えた」に類するトリック類に否定的な 見方は、長編特に長い目の長編の場合に多いのではないかと思います。ミステリ的には中編くらいまでは、奇を狙った構成は有効と 思います。中編では起伏とメリハリになって、謎の薄い作品とは異なる面白さがあると思います。中編レベルでも、合わない人は たぶん本格ミステリというジャンル自体が合わないのでしょう。いまだに継続して作品を発表する作者は貴重といえるでしょう
2009年03月08日
大聖堂の殺人<マイケル・ギルバート>
日本ではまだまだ紹介が足りない作者です。イギリス本国では有名とも、それほど知名度は高くないとも双方の意見があるようです。 日本でこの本がでる少し前に亡くなりました。本作も限られたやや変わった大聖堂という舞台での事件です。丁寧なストーリーは好感 が持てますが、謎の解決部も同様に無難に進みおおきな山がないのは、仕方がないのか寂しいのか悩む所です。このような作風では 多くの作品を読んではじめて作者の小説になじめるので、多くの翻訳を期待したいです。
2009年03月14日
宗谷・望郷列車殺人号<辻真先>
瓜生真・真由子シリーズですが今回も多彩なゲストキャラが登場します。北のさいはて宗谷岬の描写から始まり、そこで終わり ますが、実際の話は旭川のホテルで始まって、スーパー宗谷の走行に合わせて進みます。宗谷に着くまでに謎が分かる展開は、得意 のひねりでしょう。メインが列車の中で進み、途中駅の描写が描かれてゆくのは、まさしくトラベルミステリの本道と言えます。 謎については、本格ミステリのテイストであり、ストーリーは全編趣向に満ちているのは、この作者のサービス精神の現れでしょう。
2009年03月14日
TOKYO BLACKOUT<福田和代>
パニック小説と犯罪小説と警察小説を足したような作品です。送電線を破壊する事で供給能力を落とし、利用ピーク時にオーバー させる事で停電を発生させる犯罪です。それの対策を準備して、部分計画停電を行うのですが、何故か稼働せず大規模な停電になり ます。東京の停電は何をもたらすかは、内容が広すぎて描ききれません。それを実行した犯人の特定と目的の追求が行われます。しかし どこに何を仕掛けたのかの確認に時間がかかり停電は続きます。大災害ですが、犯人の目的は意外なものです。これは読者によって 異なって受け止まれるでしょう。意外性か、ストーリー展開とあっていないのか。
2009年03月14日
雨のじんちょうげ<斎藤澪>
1989年の作品です。副題が「児童公園殺人事件」で、藤林章一郎シリーズの1作です。藤林は活躍しますが、必ずしもメインと言える かどうかです。舞台をつなぐ地下鉄沿線を藤林が追います。一種のミッシングリンク的な構成になっています。その意味では、警察 小説やサスペンス色もありますが、本格ミステリとして読む方が面白いでしょう。警察の捜査と藤林の捜査が繋がる時に、謎の解決が あります。
2009年03月20日
紅雲町ものがたり<吉永南央>
北関東の街・紅雲町で和食器とコーヒー豆のショップを開いている76歳の杉浦草というおばあちゃんを主人公とする連作集です。 作者の在住から群馬県でしょう。65歳で新しい店を開いた草が、探偵役で巻き込まれた大小の事件を解決します。移り変わる時代と 長い人生経験は真実を見つける能力と行動力を身に付けています。ゆったりした展開と個性的な登場人物と広い視野にたった物語展開 はゆとりと、なごやかさがあります。おばけ屋敷のようなたたずまいはない小説ですが、地味な展開にあったサプライズはそれなりに 効果的です。おとなの雰囲気が感じます。
2009年03月20日
狼花<大沢在昌>
人気の新宿鮫シリーズの9作目です。警察小説としての完成度は高いです。そして今回は、過去に影のようについていた部分の 一部が表に登場して、警察組織とその中で独自に何かを行おうとする人物と、そして個人でそれに関わる鮫島という内部構図になって います。事件の方も、複数の組織と人物が交叉しての絡みのなかで進みます。それは当然ながら大事件と発展しますが、それがどの ように鮫島個人の力で収束できるのか予測が難しいです。中心で動くひとり異なる思惑のある女性はある意味で誰もコントロール出来ない のでしょう。
2009年03月20日
館島<東川篤哉>
島田・綾辻以降のいわゆる新本格世代が一度は扱うのが、異形の建築物での事件です。本作もあまりに忠実にそれに従っています。 特殊な状況時に特殊な土地にたてられた特殊な建築物は、それ自体が何でもありのトリックです。いいかげん飽きそうですが、まだ需要 はあるようです。昔、怪人二十面相が登場する話と通じる所が大で、何故か読者になつかしく迎えられるのでしょう。そこにはシリアス という言葉は存在しませんが、ユーモアを持ち味とする作者には向いているかもしれません。
2009年03月26日
真夜中のタランテラ<麻見和史>
鮎川哲也賞作家の受賞第1作です。受賞作と同様に広義の医学・医療を題材にしています。あくまでも広義ですが、舞台としては 目新しいと言えるでしょう。イメージ的には類似の発想作はありますが、医学的な方面からのトライも含む所が特徴です。この様な 外観を取り除くと、ミステリで多く取り扱われていた題材だと気づきますが、随分と印象は異なります。人によっては、ミステリ要素 を取り除いた題材としてのアプローチを選ぶ人もいるだろうし、ミステリに拘る人は少し深く踏み込みすぎと思うかもしれません。 微妙なバランスの中で書かれたミステリといえるでしょう。量産は難しいかとの印象があります。
2009年03月26日
幻影城の時代・完全版<本多正一編>
1975年附近に数年発行された探偵小説専門誌「幻影城」は、マニアに大きな影響を与えました。それを読んだ世代、そこから デビューした作家、そこで再掲載された古い作品等はいまも大きい影響がありと思います。2年前に同人誌として刊行された「幻影城 の時代」はエッセイ集といえるでしょうが、直ぐに売り切れてそれ自体が幻になりました。それを第3部にして、この雑誌のスタイル で2009年1月号を作り第1部とし、その間に編集者の島崎博を台湾より招きそのインタビュー等を行ったのが第2部です。第1部 ではこの雑誌からデビューした作家の新作が掲載されています。代表の1人の泡坂妻夫の死去が1月後とはまさに意外です。
2009年03月26日
踊るドルイド<グラディス・ミッチャル>
近年にようやく日本に複数作品が紹介されているこの作者は、たしかにつかみ所がわかりにくいです。作品ごとに違う面がありますし ストーリーもジャンルを含めて怪しげです。このような作者を少数の作品や、伝聞の紹介のみで評価する事は不可能でしょう。ひたすら 多くの作品を読む事でのみ、ある程度まともな評価も出来るでしょう。しかし作品数は多く、翻訳は少数となれば正体の掴めない不思議な 作家として存在し続ける可能性が高いです。本作は題名自体が謎であり、意味がわかってもまた謎になります。
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2009/03に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。