推理小説読書日記(2009/02)
2009年02月03日
乱鴉の島<有栖川有栖>
助教授の火村英夫と作家の有栖川有栖シリーズの長編です。舞台は三重県沖の孤島です。そこに集まった集団の思惑と、あらたに 押しかけたビジネスマンの波紋が起きます。主人公の2人も、行き先を間違って紛れこんだ様です。外部との通信手段もあるにはあり ましたが、事件が発生すると破壊されて孤島状態になります。なかなか本格ミステリとなじみにくいテーマが登場します。それはどの 様な動機に発展するのかが気になります。古典的な設定と、未来的なテーマが如何に混ざりあうのかに気を取られていると作者の思惑に ひかれる事になるでしょう。
2009年02月03日
証人台の女<園田てる子>
ややマイナーな作者です。1960年の発表作です。この様な作品では探偵役がなかなか分からないのでその面の展開の謎も有ります。 地味な展開のようですが、なかなか大胆な仕掛けの本格です。最後は題名の様に、裁判の場面で犯人を指摘します。その展開は面白い もので意外性もありますが、細部の展開は賛否あるでしょう。総合的になかなかの力作と思いますが、歴史の影に消されかけていると 感じます。本作を読むと、この時代から現在までどの程度の本格ミステリの進歩が有ったのか悩んでしまいます。知名度の低い作品にも まだまだこのレベルはあるかも知れません。
2009年02月03日
ボルヘスと不死のオランウータン<ルイス・フェルナンド・ヴェリッシモ>
ブラジルの作家が書いたミステリです。しかも舞台はアルゼンチンのエドガー・ポー研究者の集まりです。そしてボルヘスへの手紙 で謎を提示するというけれんみたっぷりの作品です。最近になり、英米以外の国のミステリが日本に紹介されるようになりました。一部 では、現在では本格ミステリは書かれていないという事が言われていた時もありますが、幸い量の問題を除いては間違いのようです。 シンプルに圧縮されてストーリーと大胆な構成はなかなか好ましいです。
2009年02月09日
カフェ・コッペリア<管浩江>
独立した短編を集めた作品集です。SF設定ですが、時代的には近未来です、年代の記載作もあります。別に予言書でも、大がかりな 設定の検証でもなく、どちらかというと日常的な生活の中に発生する未来技術の問題やら出来事をややユーモア的に描きます。極端に あり得ない設定ではなく、むしろ現在を描く小説にやや特殊な設定を用いた場合よりも読者は身近に感じるように思います。未来の技術 進歩を背景にしながら、そこで生じるのはそれに対応する人間性のドラマです。
2009年02月09日
鬼蟻村マジック<二階堂黎人>
水乃サトルが主人公の作品ですが、その旅行会社時代の作品としてはかなり異質に感じます。ストーリーも主人公も異なるような 作品です。ストーリー的には、二階堂蘭子の登場作風ですし、探偵役としてはどちらとも役不足気味です。それほど難しくない謎に 振り回されているのは、サトル・蘭子ともに似合いません。独立した探偵役を使用した方が良かったのではないかと思います。連続事件 や密室や過去の事件はこの作者らしい展開ですが、探偵役のミスマッチはおしいです。伏線から読者が謎が予想できるのは問題ありませんが 名探偵がいつもとことなりボーとしているのは、ちょっと・・・。
2009年02月09日
陽だまりの偽り<長岡弘樹>
推理作家協会賞・短編賞受賞作家です。いかにも短編の名手のイメージが出来てしまいますが、この本はその作者の初めての短編集 です。独立した短編を集めた作品集ですがどれも短編らしい短編で、すでにこの本からも短編の名手のイメージがします。内容的には 本格ミステリのスタイルではありません、というよりも特定のジャンルに縛られていないで書いているように思います。特定のスタイル がないのがスタイルというべきでしょう。ただ、底辺に流れる雰囲気というものが統一されて、一人の作家の作品集と分からせるの でしょう。
2009年02月15日
悪魔に食われろ青尾蠅<ジョン・フランクリン・バーディン>
帯文には「心理スリラー」「恐怖」「戦慄」の文字が並びますが、正直言って読むのに非常に疲れて内容がぼんやりとしか憶えて いません。とらえどころがないという事は、スリラーには必要な事なのでしょうが、内容が理解出来ないあるいは理解しようとする程 面白くないという事は、小説か読者かどちらのせいなのでしょうか。段落の少ない文章は、古い小説でしばしば見かける、ページ数より 文章が長いという面もあるでしょう。きっと、かなりの大長編を読んだのかも知れません。
2009年02月15日
パリ地下鉄殺人事件<斎藤澪>
本格からサスペンス・ホラーまで広いジャンルを書く作者ですが、本作は営団地下鉄勤務の藤林章一郎が登場するシリーズです。 主に探偵役として登場しますが、必ずしもそれに限られません。本作は、パリで事件に巻き込まれた母の勢子に急遽呼び出されて藤林が フランスに来ます。そこで、過去に出会った複数の人物との出会いがあり、時間の経過と過去には知る事の無かった事を知る事になります。 本作では物語は藤林を中心に進みますが、探偵というイメージは母の勢子ではないかと感じます。藤林自身が、必ずしも名探偵として いつも登場する訳でないので意外ではありませんが、全体にバランスのとれた本格ミステリと思います。
2009年02月15日
人魚は空に還る<三木笙子>
新人作家の短編集です。主人公は絵師の有村礼と雑誌記者の里見高広です。時代はたぶん明治?、イギリスでホームズ談が連載されて いる頃です。ホームズ談が好きな絵師と、入手して翻訳できる記者の不思議な繋がりのもとで、複数の事件が起きます。ミステリ的には 濃度はあまり濃くはなく、明治の日常の謎派的ともいえますが、ただ事件と人物は派手です。この当たりは個々の読者で変わりますが ミステリ的な部分と、時代小説風の部分と絵師という人物とを合わせて読む作品なのでしょう。
2009年02月21日
風の岬<高城高>
長編1冊と短編集3冊からなる「高城高全集」の最終巻です。後期の作品群ですので未読作品が多く、個人的に楽しめました。 文体はハードボイルド的な簡潔で乾いた感じですが、内容は多彩です。長さも色々ですが、過去の書誌では無かった作品が収録されて いる事は見逃せません。舞台は北海道がほとんどですが、地域的には北海道の全域にわたります。短編集3冊と言っても書かれた期間は あまり長くはないです。そして、デビュー時から最終巻に至るまで、内容は全て充実しています。その作品がほとんど知られていない ものを含めてまとめられた事は喜ばしいです。
2009年02月21日
GOSIC5<桜庭一樹>
シリーズ5冊目の長編は、探偵役とヴィクトリカがいなくなり、主人公の九条が探しに出かける所から始まります。舞台はいつもより やや離れた所で展開します。ふたつの世界大戦の狭間という時代設定の影響が強くなってきます。そして、一応の結末がつきますがふたり は学園に戻る訳でなく、次なる事件が起きる大陸横断鉄道へ乗る場面で終わります。続巻に続くという内容でしょう。シリーズの背景に ある世界大戦が絡む謎が静かに表面化してきた感じがします。
2009年02月21日
黒百合<多島斗志之>
ミステリ関連の出版社から出ましたが、ミステリの叢書には入っていません。帯のみに「ミステリ」の言葉がかすかに載っているだけ です。その本を、ミステリとして読むかどうかは微妙です。ただ幾つかの年間ベストで選ばれていた事実はあります。それは作者の知らない 事かもしれません。なぜならば、ミステリとするには内容が違うと感じます。ある実在の人物と企業等をメインにして描いた小説で、 ミステリ要素は希薄というか無いというべきでしょう。それを持って小説を評価する事自体の妥当性は非常に疑問です。ゆったりと書かれた 想い出はなしはミステリである必要はないでしょう。
2009年02月21日
エラリー・クィーンの国際事件簿<エラリー・クィーン>
作者名=探偵名のイメージから持つ作品内容と、実際の内容の激しい乖離に驚きます。せめて題名に「犯罪小説」「犯罪実話」的な 事を示す事があれば勘違いや、余計な期待を持つ事も無かったのですが、全て崩れました。作者が色々なジャンルを書くのは、珍しく ないのですが、本格ミステリ・論理的等のイメージとはほど遠い内容です。そして、非常に読みづらい内容です。どうしてそうなのかは 不明ですが看板(帯文)に問題ありとも感じます。
2009年02月27日
親不孝通りラプソディー<北森鴻>
博多で鉄樹と球太のコンビが、高校生とも思えない色々な犯罪・事件に巻き込まれる(関わる)長編です。前作が短編集で普通レベル だったので、あれよあれよと驚いているうちにますますエスカレートします。じっくりした本格や、謎を描く作者には珍しい部類の作 です。「これはフィクションです」末尾にいつものように記載されていますが、ノンフィクションと思う人はいないでしょう。ただ、 主人公が高校生だという事を忘れてしまう程のストーリーです。
2009年02月27日
特急北斗星5分間の空白<金久保茂樹>
雑誌編集長冬木シリーズの1作です。舞台は時刻表ミステリの本場とも言える北海道の函館−札幌間です。ついでに青函トンネル工事 が絡んで来ます。ストーリーは面白い面と、不自然な面が同居しています。謎の解明も論理的な部分と、偶然的に感じる部分が同居して います。トラベルミステリーを単独の実地捜査で解決する展開の持つ、不自然性が除く事が出来ないのでしょう。トラベルミステリーでは 避けられないという割り切りが必要に感じます。
2009年02月27日
トーキョー・プリズン<柳広司>
東京裁判を背景に、それを待つ拘置所での複雑な謎が展開されます。そこに集まる人に存在する、色々な過去の謎は現実とどの様に 関わってゆくのかが益々謎となります。言葉の壁は文章では忘れがちですが、謎の記憶喪失者の能力と過去は複数の階層の謎になって ゆきます。本当の主人公はだれなのでしょうか。誰もが謎を秘めてあつまる場所だけに、どんどんエスカレートします。その結果、やや 強引な結末とも感じますが、長編を支えるには充分の謎と言えるでしょう。
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2009/02に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。