推理小説読書日記(2009/01)
2009年01月01日
赤髯王の呪い<ポール・アルテ>
短めの長編と短編3作からなる作品集です。アラン・ツイスト博士シリーズです。実質的な処女作がある程度作品が出されてから 出版される事は日本でもよくありますが、本作も同様との事です。カーの作品に影響されているとされながら、やや淡泊な作風と思い ますが、本作は短い作品でもありカーの影響を感じます。戦争と過去の事件の謎をキーワードにする所は、如何にも雰囲気が出せそう な設定です。1人称の叙述は心理的な主観感情を表に出す有効な手法でしょう。短編も含めて、この作者の作風は短めの作品向きでは ないだろうかと感じました。
2009年01月01日
モザイク事件帳<小林泰三>
本作者の作品は初めてではないですが、どうも作風が掴めていません。本作品集はタイプの異なる作品を集めたもので、題名の 「モザイク」はその意味です、作品の中身ではありません。7作にジャンルが目次に記載されていますが、一応は探偵ものでそれ 以上には広げていません。この作者ならば可能だったとは思います。キ筑道夫が沢山の探偵を駆使して、色々なジャンルを書いて いますし、それらを集めたアンソロジー風の短編集もあります。それに沿った試みと思いますが、本作者の作品にあまり触れていない ので現時点では面白さを感じる所にまで達していません。
2009年01月01日
ドリームタイム・ランド<S・H・コーティア>
テーマパークは日本でも増加傾向にありそこを舞台にする事もあるようです。日本の場合は規模の問題があり、事件の舞台としては 狭い気がします。日常の謎派向きでしょう。舞台がオーストラリアになると、広大な土地があり状況は変わる気がします(あるいは錯覚 だとしても)。先住民の物語を体験出来るテーマパークでの連続殺人事件が始まります。読者的には、テーマパークの内容や構造をどの 程度理解しているかで話の理解も、謎の理解もできそうです。日本人的発想ではやや厳しいかもしれません。
2009年01月07日
美月の残香<上田早夕里>
小松左京賞というSFからデビューした作者ですが、どうも正体が不明らしい。そして、その広がりの曖昧さが作品の解釈に 微妙な違和感を与え、結論や結末が予測しにくい事が不思議な雰囲気をもたらしています。本作はSFなのか、推理小説なのか、恋愛小説 なのか幻想小説なのかひょっとするとホラーかもしれない。いや、あらての官能小説なのかも知れない。ただ実験小説ではない完成度 は感じます。作者には分かっているが、読者は分からないという小説に感じます。双子というものがもつ雰囲気が極度に昇華すると もう単純に理解出来ない世界になる事は分かりました。
2009年01月07日
ホステス殺人事件<西東登>
現代と過去とを結ぶ事件と、その人間関係から生まれる謎を扱います。探偵毛呂シリーズの1作ですが、ストーリーとどんでん返し を優先させた構成にしたために、不思議な矛盾が生まれたような気がします。本当の探偵役はだれだろうか、真相はストーリー通りで 良いのか?。警察捜査や裁判は、証言のみで決まる設定になってしまうが、無理はないか?。題名は平凡ですが本来はもっと複雑な内容 になる筈です。ただ、ページ数の制限か構成のバランスミスか、終わりが駆け足で納得性が弱いです。証言にのみ頼らずにもっとリアル な構成に出来ればと思うと残念な作品と思います。
2009年01月07日
スリープ村の殺人者<ミルワード・ケネディ>
地名には意味がある事が普通です。それが海外となるとぼやけてしまうのは仕方がないでしょう。スリープ村とは、不思議な名前です しそこに意味があると思いますが、訳すと単なる地名になります。なんとなくのどかな田園風景が浮かびますがどうなのでしょう。 アリバイ崩しのミステリになると思いますが、それが川とボートになると鉄道に慣れた人には、勝手が違います。ボートをこぐ音やら 新型のボートやらが登場すると、時代的な技術の理解が難しく感じます。やや読者には不利な謎解きになるように思います。
2009年01月12日
書店はタイムマシーン<桜庭一樹>
小説ではなく「読書日記」です。1日の半分を読書する生活の中の読書日記を半分程度、残りをそれ以外の生活日記で書いています。 その中で出版社の編集者との会話が主体になります。編集者との会話は本当に本の話ばかりなのでしょうか。しかし、その作者にも激動 の1年が来ます。「赤朽葉家の伝説」の出版から直木賞落選・推理作家協会賞受賞、「私の男」の出版からサイン会・直木賞受賞と その後の慌ただしい色々な事。テレビ「トップランナー」出演から授賞式まで終えて、ようやく落ち着いた1年が書かれています。全て ノンフィクションかどうかは分かる筈もありませんが・・・。ウエブでも読みましたが、細部の注記が増えて俄然面白くなりました。
2009年01月12日
白光<連城三紀彦>
色々な作家が構成や人称に苦心して、新しい作品を生み出そうとしています。しかし、1978頃デビューの作者は当時から既に、これら を自由にあやつり読者をさまよわせていました。長編での人称・視点の変化はメリハリを付けるためと、トリックを仕掛けるために使用 されて来ましたが、神の声とも言える無人称以外では主観的な見方が現れるためにそれが進むとあたかも真実の様に見えてしまいます。 それが繰り返されるとどれも真実であるかの矛盾が生まれます。そして、その順序によっては読者は忘れるという行動で作者の誘導に 陥ります。何を信じるかは主観で書かれると読者には難しい選択になります。それが自然な話である程に。
2009年01月12日
ウォリス家の殺人<D・M・ディヴァイン>
地味な作風といわれていたのに、年間ベストで高い評価を得た作品です。個人的には好みですが、それほど多くの評価を受けるとは 意外でした。出版は多いが、好作が少ないか何かのブームでしょうか。まだまだ翻訳は少なく、本格的な評価はまだこれからと思います が、続いての翻訳が出そうな流れは喜ばしいです。訳者解説の内容は結構気になりますが、通常は好ましい本国の出版順を外す方が良い とはこれまた、悩まします。これでは積ん読からの一気読みは、順序を間違うとまずいではないか。地味と、退屈な展開とはかなり近い 要素なのです。
2009年01月17日
教会の悪魔<ポール・ドハティ>
いくつかの歴史ミステリシリーズを発表している作者の、日本初紹介の主人公のシリーズです。ヒュー・コーベットという主人公は 本作が初登場でもある為かいささか、つかみどころがないです。主人公役でしょうが、名探偵か、ストーリーの中心か、狂言まわいか そもそも探偵ではなくスパイ的な役でしょうか、まさか必殺仕事人?。主人公の活躍が掴み難いのは、バークリーの作品群で慣れました がその血を引くシリーズでしょうか。他のシリーズ作が紹介されて分かるでしょう。中世の英国の状況は分からない事だらけですので その知識によってこの作者の作品を読む能力は試されている気がします。
2009年01月17日
ランドルフ・メースンと7つの罪<ポースト>
地域と時代限定の法律ミステリです。従って、読者が理解出来ない所があってもやむを得ないでしょう。悪徳?弁護士ランドルフが 如何に法律の抜け道を利用するかの話です。作者と知恵比べをしても、読者は圧倒的に不利ですからストーリーを読むだけになるでしょう。 これは海外だからでも時代が違うからでもありません。法律が異なる所、いや一般人が知らない法律の世界を描くと同じ事になります。 それならば伏線で情報を読者に与えればという考えもありますが、短編では難しいしテーマからは必要でもないでしょう。これは法律に 限らない専門知識がテーマの小説には避けられない事でしょう。
2009年01月17日
辛い飴<田中啓文>
ジャズ・テナーサックス奏者の永見緋太郎シリーズの第2短編集です。第1集は色の題名でしたが、今回は味の題名に統一されています。 ジャズミステリでしかも本格でシリーズに出来る事はジャズの門外感には不思議です。飛躍すれば、戸板康二の歌舞伎シリーズ的な作品 に近いかも知れません。ジャズに詳しくない読者(私)にはダイレクトには分からない事は多いですが、ジャズバンドメンバーとその リーダーである語り手の話のなかにその説明と伏線を埋め込む事で本格ミステリとして成立させています。期待できるシリーズです。 流石にボーナストラックのジャズの蘊蓄は分かりません。
2009年01月22日
火刑<南部樹未子>
純文学からミステリ・宗教書と広いジャンルを書いている作者ですが、個々の内容がかけ離れている訳でありません。むしろ境界は ないに近いです。作者のストーリー制作過程でのバランスの取り方で、どこかへ偏るのだと思います。作者にジャンルをかき分ける意識 は、小説の内容に比べては低いと思います。ただどうしてもジャンル分けしたいという人がいるのでしょう。本書はひとりの女性の生きて ゆく姿を描いています。その内面の隠された部分は、著者のミステリと呼ばれる作品と同じですが、小説全体との比重からは非ミステリと 見た方がよいでしょう。1968の作品ですが、最近の小説(色々なジャンルの)に同様の構成が多い事に驚きます。女性の辿った先は 孤独と身を焦がすような中での強い意志だったのでしょうか。
2009年01月22日
夜の光<坂木司>
2007年は発表数が多かったが、ミステリから離れて行った感がありました。本書は、再度デビュー時のミステリ色を取り入れた 不思議な個と友情で繋がった4人の高校生を描いた連作集です。自分の希望と家庭内での理解が合わずに苦悩しながら、それぞれの進路 を大胆に目指す生き方は孤独ですが、そのような4人があつまると非常に強い友情で結ばれます。そんな4人の成長と、遭遇する小さな 謎を絡めて話が進みます。それぞれが主人公の4作と、卒業後の1作の5作で構成されています。不思議な個性と友情は如何に生まれたか 、これも謎なのでしょう。
2009年01月22日
空白の逆転殺人<筑波耕一郎>
オーソドックスな探偵小説を、非名探偵ものとして書いたという感想です。枚数制限のあるノベルスに合わせてのストーリー展開は やや強引でせわしないとも感じますが、ゆとりを持たすとだるい・水増しといわれるし、たぶんこのジャンルの作品は殆どの人に満足 されるバランスは存在しないかもしれません。題名はどうともとれますので、気にしないで読みますが過去の事件・密室・連続殺人と 読者の期待通りに展開します。それは、読者の予想通りと紙一重で、バランスは取りにくいでしょう。登場人物も多く、人が駒のように 作中で動かされているように感じるのは、仕方がないのでしょう。
2009年01月28日
ファミリーポートレイト<桜庭一樹>
主人公の女性の5才から34才までの不思議な半生?を描きます。前半は、これまた不思議な母親との生活を、そしてひとりになって からのより不思議な生活を描きます。14才で、行方不明の母とわかれて父親らしき家に引き取られると共に初めて学校に通う。それから は、セルフポートレイトに章題が変わります。突然の通学も、学校に行かない放浪生活の中で本ばかり読んでいた子供がそのまま幻想と 妄想の性格のままの生活は、既に非現実的な世界です。それからも変わらぬ放浪癖のなかでの、表だった変化は外部が主人公に父親を 重ね合わせようとするのに対して、主人公の意識は母親中心に動いてゆくままです。セルフポートレイトといっても、帰りつく先は やはりファミリーポートレイトなのでしょう。ミステリ色は希薄ですが、女性の生き方を描く冒険系のストーリーとハードボイルド系 の文体と、崩れた状態から始まる家庭というテーマが微妙に混ざっています。
2009年01月28日
死はあまりも早く<ヘンリー・ウエイド>
まだまだ日本への紹介の少ない作家ですが、倒叙小説風に進む変わったストーリーです。遺産相続問題は、どこでも存在しますが イギリスの大きな一族では非常に大きな問題のようです。これをテーマにした作品を多く見かけます。本作もそのひとつですが、倒叙風 な展開がアクセントになっています。複雑な法律の解釈は個人の主観では正しく認識されるとは限りませんので、自然とサスペンスと謎 が発生します。特に死の順番が影響する場合は・・・。あまりにも早く・・・何を意味するのでしょうか。誰にとって、何が、そして 本当になのでしょう。
2009年01月28日
江戸川乱歩の推理教室<>
「ミステリー文学資料館」の編集シリーズです。乱歩のビッグネームがつくアンソロジーは人気が高いようです。推理教室は、現在 でも推理クイズとして時々出版されるジャンルの、乱歩の時代の乱歩の編集アンソロジーです。犯人宛の掌編を集めています。元々は 「推理教室」という1冊の本で出版されて、その後に同名の文庫で流通しています。乱歩絡みの類似の試みは他にもあり、それを含めて 2冊の文庫に再編集されました。本書はその前編に当たります。個人的には「推理教室」は既読ですが、短い作品群はほとんど内容を 忘れています。
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2009/01に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。