推理小説読書日記(2008/12)
2008年12月02日
逆説的−十三人の申し分なき重罪人<鳥飼否宇>
題名通りに13の短編からなる作品集です。ただ、現在はやりの短編の集合で長編というスタイルも持ちます。舞台はおなじみの 綾鹿市ですが登場人物の事は語らない方が無難です。綾鹿シリーズは、まともでないミステリシリーズとも言えます。まともでない 登場人物と、ストーリーの双方を指します。この様な背景では、ミステリ度とか本格度とかは考える事が意味があるとは思えません。 この本でも新しいキャラクターが登場しますがあえて紹介はしません。題名と副題から、チェスタトンを意識している事は自明ですが どのように意識しているかはこの作者ですから、微妙です。
2008年12月02日
しらみつぶしの時計<法月綸太郎>
作者名と同名の探偵役が多く登場する作者ですが、本書はその探偵が登場しない短編集の2冊目です。この作者は短編集は文字 通りの短編集で、個々の繋がりは基本的になく全体で長編という事もありません。本書も10年にわたり色々な所に発表した短編 を集めたものです。元々は、名探偵ものではパズラーとしての作品が主ですが、そこから離れると作者の言う通りの単発のアイデア で書いた作品集です。多くはクライムストーリーに属し、幾つかはパスティーシュに属します。長編「二の悲劇」の原型のデモ・バー ジョン?の収録がうれしいでしょう。それなりに楽しめますが、発表数の少なさは何とかならないものでしょうか。
2008年12月02日
ワトスンの選択<グラディス・ミッチェル>
最近に漸く作品が日本に紹介され始めた作者です。著書は非常に多く、とても全てが翻訳されるとは思えませんが、それでも今まで の紹介数の少なさは納得ゆかない所です。本格と言ってよいと思いますが、謎解き色が事とは言いにくいです。奇妙なストーリーに 不思議な登場人物が組み合わさって、その上謎に関係あるのかないのか分かり難い話が混ざって展開します。伏線とか全てが手がかり とかという読者の望みは無視して作者の好きなように話が展開します。今回は、シャーロック・ホームズ・パーティです。登場人物ほど にホームズマニアではないので厳しい面もありますが、ミステリファン向けの舞台です。謎もそこはかなく、関係していそうな・・。
2008年12月07日
暗い海 深い霧<高城高>
高城高の復活と復刊は、筆者にとって大ニュースです。30年以上前から愛読しています・・と言っても単行本は2冊で後はアンソ ロジーと雑誌のみです。しかし、昨年の仙台の地方出版社の短編集で、存在を知らなかった作品が多数存在する事を知り、そしてそれが 文庫全集で読める事になり、喜んでいます。長編1冊+短編集3冊の、第3集が本書です。本書にも。初めて存在を知った短編が数作 入っています。昭和33年から35年の作品です。まだ作者は若い時ですが、文体のせいか年齢より大人の文章に思えます。最近は、 どちらかと言えば読みやすくとか作者が身近な学園ものが多く、文章的にも低い年齢層の読者にあわせている感のある作品が多いですが 作品のもつみずみずしさと、文体からの成熟さのバランスについて考えさせられます。
2008年12月07日
殺意<フランシス・アイルズ>
アントニィ・バークリィの別名義である事はいまや、だれでも知っています。倒叙ミステリは、成功スタイルが限られておりなかなか 成功例は少数しか見つかりません。本作は、かなり昔から倒叙3名作の1つにあげられています。同時に作者の3作の1作でもあります。 本作は、サスペンス色が濃いと感じます。特に後半の裁判場面での犯人の気持ちの激しい動きの描写は面白いです。心理的描写が特徴と 言われていたので、納得して作者のもうひとつの狙いが読めなかったのは、してやられた感があります。数年前に、急激に翻訳が進んだ 本作者ですが、まだ1作残っていることは、出版界のミステリです。
2008年12月07日
暁の密使<北森鴻>
本作者のひとつに歴史ミステリがあります。ただ、短編の名手やトリッキーな構成作品や多くのシリーズを発表していると、いつしか 歴史ミステリがデビュー作であった事が忘れられがちです。そして、歴史ミステリ特に明治もので中国が舞台となると、個人的にはいくつか 面白い作品が思い浮かびますが、一般的にはよく読まれているのは少数です。近い過去を舞台にすると、書かれた時の歴史認識や日本と 舞台となる土地との関係が微妙に影響するようです。戦前・戦中の国策小説は評価外として、戦後はアジア・ソ連方面は避けていた印象が 有ります。そして、40年台以降はその反動か?かなり書かれていますが、片側から見た戦争の悲惨さが目立ち結果的に空白になりかねない 状況と思えます。それから、かなり進んだ現在ではかなり客観的に見る事が普通になり、多くの謎や関係人物がある宝庫のように面白い 作品が書かれていると思います。私にとっての本作は、この位置ずけの作品のひとつです。
2008年12月12日
落下する緑<田中啓文>
自由奔放に作品を発表している作者の本格ミステリ集です。探偵役は、サクソホーン奏者の氷見緋太郎で、語り手がジャズバンドの リーダーでクラリネット奏者の唐島英治というホームズもののスタイルです。背景は、音楽・特にジャズを舞台としています。少なく ても一部はかんでいます。一話ごとに作者のジャズの思いと知識が掲載されているのも特徴でしょう。残念ながら私は、分かりませんが。 氷見は音楽以外には興味がないが、音楽とつなげて物事を理解します。そして、名探偵振りを発揮します。謎としては日常レベルですが ミステリ的には、ジャズの思い入れがあっても充分にバランスがとれており、本格ミステリといってよいでしょう。
2008年12月12日
パーフェクト・アリバイ<A・A・ミルン>
昔は「赤い館の謎」1作と言われていましたが、もうすこしミステリを書いていたようです。戯曲1作と短編2作からなる作品集です。 戯曲は、ミステリ的には倒叙形式に近い構成になっています。映像・舞台向けに書くと、この方式になりやすいのだと思います。 探偵役のちょっと無謀なふたりの事件解決方法も戯曲ならではの手法でしょう。通常の本では、またかという気もしますが戯曲なら 台詞で推理を述べても効果は少ないので、動きを取り入れるのでしょう。短編は短いコント風の味がします。
2008年12月12日
眠りと死は兄弟<ピーター・ディキンソン>
一風変わった設定で、ピブル警視(元)が登場します。いつもながら不思議な作品で、感想は難しいです。眠り病という病気にかかった 子供たちが、いる施設。いずれ死ぬとされていますが、どうも合うと不思議な能力を持っているらしい。そして、資金難の施設が変貌する。 書いていて訳がわからない設定です。その中の謎となれば、もう作者に翻弄されてしまいます。中心が架空の設定ですが、それでも無茶な 話にはならないけれど、でもまともとも言えない不思議な世界です。
2008年12月17日
帝都衛星軌道<島田荘司>
都市文明にも興味を持つ島田の作品です。中編1作と短編の作品集ですが、中編を前編・後編に分けて間に短編を入れたのが工夫です。 題名からは分かり難いが、東京という町の特徴に注目した作品です。主人公は都市でしょうか。前編は謎とサスペンス、後編はがらっと 変わる作品です。後半の展開はデビュー作に「占星術殺人事件」の後半とイメージが重なります。作品の正否を超えた作者のメッセージ なのでしょう。その意味で、完全に2つに分離した構成が生きていると思います。
2008年12月17日
深夜の声<斎藤澪>
副題が「ヨコハマDJ殺人事件」です。女性DJに掛かるストーカー?の恐怖をメインにしたミステリです。恐怖におびえる主人公 ならば、見た物や感情が揺れ動くので、事件の本質を正しく見れません。そこに、ミステリの謎を隠しやすい仕掛けになります。本格とは 真っ向勝負が好まれるかも知れませんが、変化球も切れ味によっては無視出来ないです。途中に他の作品で探偵役をする藤林が登場する ので、方向が変わるのかと思いますが単なるゲスト出演のようです。愛読者専用に迷わす登場でしょうか。
2008年12月17日
道化の死<ナイオ・マーシュ>
作品数や本国での評価と比べて、日本への紹介が少ない作家がいますが、この作者もそのひとりです。いまや、翻訳の少なさ自体が ミステリです。全く理由が分かりません。本作はお馴染みのアレン警部登場で、しかも演劇中の殺人というまさしく本作者の得意分野 です。やたら連続殺人でつながずに、丁寧に事件を追うのが特徴です。文化の違いが日本人のハンデになるのは、海外作品の通例ですが それをカバーする丁寧さですが、それでも複雑な伏線と構成はなかなか簡単に理解できません。まさしくタイムスケジュールを追う 捜査は難解ですがミステリの醍醐味です。
2008年12月22日
七つの海を照らす星<七河迦南>
2008・鮎川哲也賞受賞作です。短編風に並べられた7つの話の最後で全体がまとまり長編になる構成です。最近では多いですが、 本作は長編になってびっくりという訳ではありません。なぜなら、途中の話が完結しているものの登場人物以外にも微妙な繋がりがあり しかも謎が完全に全てクリアしていないからです。あまりミステリを読まない人には、最後に驚かせ、ミステリマニアには早くから考え させると言う事で良いのでしょう。テーマが必ずしも明るく無いだけに、主人公の性格でカバーする手法は成功していると思います。 舞台も意外と知られていないとも思います。
2008年12月22日
瀬戸内天神伝説8分のアリバイ<金久保茂樹>
女性誌編集長・冬木雅彦が探偵役を行います。仕事をせずに探偵役でも不思議と本職も進んでゆきます。別シリーズの主役・カメラマン の夏樹も登場します。優雅に日本のあちこちを旅行してまわります。しかし、トラベルミステリの部分もトリックに取り入れたのは救い でしょう。メインのトリック部分は後半に絞られているのはやや構成的に不満です。ただ、警察の協力を得て、メイントリックは別のひと に解いてもらうという非名探偵ぶりは、かえって計算ずくかと考えてしまいます。
2008年12月22日
霧と雪<マイケル・イネス>
味もそっけもない題名が重要な手がかりといわれても、現代と意味を理解できる人以外は無理な相談です。次々と訳されるにつれて この作者の作品を評する言葉は広がってゆきます。本作もまた不思議な作品です。密室風・不可能または不可解殺人ですが、色々な解決 が登場してなおかつ、次の最後の解決までゆきます。多重解決と最近では呼ぶようです。読者がどの様に楽しむかはそれぞれですが、 複雑な構成に迷って楽しみそこねる心配もある作品です。
2008年12月27日
せせらぎの迷宮<青井夏海>
ほぼ年に1作のペースで発表する作者です。文庫書き下ろしというのは、多読家にはうれしいです。広義の学園ものです。あまり 大がかりな謎ではなく、伏線と構成で読ませる内容です。テーマは消えた文集の謎です、暗号ものの変形でしょうがファラッシュバック と動機とを埋め込む事に成功しています。今問題の社会問題に繋がりますが、時代的にはかなり前です。青春の消えた想い出は主人公 には大切な事を甦らせた結末でしょう。
2008年12月27日
古時計の秘密<キャロリン・キーン>
ナンシー・ドルーというとかすかに聞いた事があるような名前ですが、いわゆるジュブナイルで特に興味はありませんでした。 翻訳されたので、読んでみましたがまさしくジュブナイルで、少女探偵になじめるかどうかでしょう。本格味より冒険談的な構成で 個人的には続けて読みたくならないタイプです。あくまでも、個人の好みで決まるでしょう。
2008年12月27日
ウルチモ・トルッコ<深水黎一郎>
メフィスト賞は、個人的には当たりはずれの非常に大きい賞のイメージがあります。副題が「犯人はあなただ!」で、帯にもそれが 強調されています。アイデアだけの長編のイメージが強く、作者が大きく風呂敷を広げたわりにはがっかりする内容です。意欲があれば オーソドックスな構成の本格ミステリに取り組めば期待できるのでは無いかと思います。デビュー作でもあり、目立つように書き過ぎて 失敗したと思います。
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2008/12に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。