推理小説読書日記(2008/09)
2008年09月01日
逆回りの時計<藤桂子>
父親・藤雪夫との共作から推理小説を書き始め、この後に独自の世界の大江警部シリーズに移行する直前の作品です。主人公 は依然として菊地勇介警部ですが、探偵役としての登場比率は低下しており、登場人物の性格も精神的病と関係しています。 トリッキーな内容は共作時代の名残がありますが、その種類を含めて作風の転換の過渡期の作品と感じます。複数の事件の描き 方や必ずしも論理ばかりでない推理や、犯人に罠をかける解決など不満な面もありますが、本格ミステリとして多くの内容が 詰め込まれた作品です。このジャンルでの作者の追及が、多くを詰め込んだ内容になり、そしてこの後の大きな作風の転換に なったと思います。登場人物やトリック主体の構成に、わずかに父との共作の影響も探せますが、既に独自の作風になった作品 といえます。
2008年09月01日
誰が疑問符を付けたか?<太田忠司>
多くのシリーズ・キャラクターを持つ作者ですが、その中でも異彩を持つ京堂新太郎・京堂景子警部補夫妻の第2短編集です。 愛知県警に名を轟かす京堂景子警部補と、イラストライターであり主夫でもあり謎を聞いただけで解く名探偵の京堂新太郎が 活躍します。謎を聞いただけで解くのですから極めて短編向きです、それも短い作品向きです。まさしく名探偵です。本書は 6作の短編からなりますが、題名に全て「?」がついておりしかも有名なミステリのもじりになっています。事件現場から 頭を冷やすといって離れた景子警部補が、新太郎に電話で話すだけで事件は解決するスタイルは気持ちの良いマンネリです。 美人で年上の景子と、主夫が好きという新太郎のドラマ化キャストを考える事もひそかな楽しみです。
2008年09月01日
六月のカラス<斎藤澪>
副題が「地下鉄駅ホーム殺人事件」です。探偵役は地下鉄本社広報部の藤林で、担当刑事の熊坂と事件を追います。 サスペンスやホラーの味が強い作者ですが、本作は本格ミステリでかなりトリッキーです。ただ、地下鉄の専門的な部分も 含むので探偵役の設定が自然ときまる感じです。巨大な密室とも言える地下鉄にホラー味が加わり、歪んだ犯人像が重なると ジャンルは違っても、この作者の世界です。横溝正史賞の作家が、現代の鍾乳洞ともいえる地下鉄を舞台にした事は面白い 発想ですし、夜の地下鉄構内は不気味です。
2008年09月07日
嘘は刻む<エリザベス・フェラーズ>
本作者はイギリス本格派では比較的に、翻訳が多いほうの作者です。ただし作品数からみればまだまだ不足です。それが、 数年前から初期の作品を中心に地道に紹介されて来たのは喜ばしい事です。地味ですが、ストーリー展開に毎回工夫するタイプ の作者で、都会風よりは牧歌的背景のイメージが強いです。必ずしも論理性は強くなく、人物描写や心理描写にも工夫を行い ます。この当たりは、まさにイギリス本格派のイメージと合います。本作のキーワードは複数の時計で、それが全て狂っている という状況です。題名はこれとは異なる内容を表していますが、日本語訳題は狂った時計と間違いそうです。
2008年09月07日
カーテンの陰の死<ポール・アルテ>
突然に日本に紹介されて、1年に1冊ずつ訳されている作者です。フランスのカーというレッテルは、作品訳数が増えると それはちょっと違うとなります。カーの作品とはかなり異なります。ただ現代フランスで、本格ミステリを書く作者として 毎年待っている人も多いでしょう。本国の発表数がもっと早いペースなので、訳のペースが遅いと言いたくなるようです。 フェル博士とは異なる、ツイスト博士が探偵役です。作品がやや地味なだけ、探偵も地味な印象です。長さも難度も丁度読み やすいレベルで、事件以外に無理に逃げない作風は固定ファンが存在しそうです。
2008年09月07日
荒野<桜庭一樹>
直木賞受賞第1作との事ですが、青春小説でミステリーではありません。3部構成で、1・2部は若年層向け文庫で発表 すみだった作品を加筆し、3部が書き下ろしです。恋愛小説作家でその作品のそのままの生活をする父親を持つ、主人公の 中学生の山之内荒野が主人公です。父親の世界と、主人公の世界のギャップが主人公を悩ませますが、その友達や突然に兄弟 になる青年との絡みも微妙です。おとなの世界に振り回されながら、そして学生仲間の妙な集団とのギャップにも悩みながら 次第に恋愛に目覚めて行きます。
2008年09月13日
まぼろし姫<高木彬光>
最近は時代小説ブームですが、日本の大衆小説は推理小説・時代小説・現代小説の3本が中心で流れてきました。それぞれの 中に多くのジャンルをも含みます。1人が複数の流れの作品を書くこと自体は特に珍しくはありませんでした。流行や戦時中等の 要請で複数の流れを書いてもそれもまた作者の才能があっての事です。本著者も推理小説以外に、時代小説や若年向きの小説も 多く書いています。元々がストーリーのノンフィクション的構築と怪奇性と意外な展開を得意としていますので、時代小説特に 捕物帖や伝奇小説は得意です。本書はまさしく伝奇小説で複数の主人公と集団が交叉しておぼろげにしか姿を見せない謎に近づく ストーリーは完成度は高い。
2008年09月13日
幻を追う男<ディクスン・カー>
ラジオ・ドラマの脚本は今はなかなか出会う事は少ないです。ミステリ作家の多くがその方面にも関係しているのは知られて います。原作ではなく、本人が脚本まで担当するのがひとつのスタイルです。本書はその脚本を3編集めています。原作と映像 が異なる事はよく知られていますが、ラジオドラマも独自の世界を作る事ができます。メディアに合わせて独自のトリック・ 趣向を盛り込みたくなるのはミステリ作家の習性のようで、脚本といえども小説とは異なる世界になります。
2008年09月13日
酒井嘉七探偵小説選<酒井嘉七>
主として日本の戦前の作家の復刊を行っている叢書です。ただ、時代性やその時の制約等から資料的価値以外を期待する と残念な場合が多いようです。そして資料に関しても、まだ乱歩・正史の書誌自体が完成していないジャンルでマイナー作家 に対する高い資料性を求める事もまた不十分で終わりがちです。本集は著者の遺族からの持ち込み原稿を元にしていると言う 面では、一般に不備な面がカバーされていると期待出来ます。作品的には代表的なものは、既に雑誌採録・アンソロジー掲載 されていますので、初読作品が必ずしも満足がゆく訳ではないですが、叢書の中では選集としてまとまっていると言えます。
2008年09月19日
SFロボット学入門<石原藤夫>
書かれたのは1964年で題名は「ロボット工学」です。これが元になり改稿されて単行本・文庫になってきました。加筆は 最小限ですが、時代による進歩で訂正は必要な部分が生じるのは仕方がないでしょう。進歩途中での整理になるのもやむを得ない 事です。SF小説とロボットとは、深い関係があります。ただ実際の技術が早く進歩すると小説が減少気味になります。特にいわゆる 技術系のものに影響が出やすいです。本書は、この分野の小説・ロボット小説が多く書かれる事を目的にまとめられています。 読むだけの人にとっても、有用な参考書であり、単に解説書・歴史書として読んでも楽しめます。
2008年09月19日
銀の犬<光原百合>
大学のミス研出身で、本格推理からスタートした作者ですが、最近は幻想的な作品を発表しています。本書は、ケルト民話を を著者の解釈で作った幻想的な世界です。このジャンルは、SF作家も描いており複数の要素が混ざっているようになると思います。 声をなくした楽人を如何にイメージできるかですが、ケルト民話自体に疎いのでどうしても幻想・SF的な読み方になってしまいます。 伝承される民話と、作者が発展される世界を区別できる人は少ないでしょう。
2008年09月19日
老人たちの生活と推理<コリン・ホルト・ソーヤー>
1988年といえば、私の感覚では現代小説に近いです。余生を優雅?におくる老人たちのはなしですが、そこで事件が 発生して、おなじ集まりの老人たちが捜査や解決する話です。これだけでは、似た話を読んだ人も多いと思います。しかし この話は、確かに捜査もあれば解決もありますが、登場人物が実に頼りないです。もう死んでもよいとはいいませんが、遊びで 探偵ごっこするのはやめたほうが誰にも迷惑を掛けないと思う人々です。ユーモアを超えて、ブラックユーモアでしょうか。 ちょっと、何を楽しんだら良いのか悩みます。
2008年09月25日
月蝕領映画館<中井英夫>
創元推理文庫の中井英夫全集第12巻です。著者の生前から始まりようやく完結しました。長い期間かかりましたが、完結に 意義があるでしょう。全集になっているかどうかは不明です。ただし、本巻は文庫再刊がはじめてという事の意味はあります。 その背景には、本書が小説ではなく、映画の評論・エッセイ集だからでしょう。著者の独断と偏見と映画への愛情が強い内容は 読んで面白い内容ですが、独特の凝った文体とは無縁ですので距離を置きたい中井ファンもいるでしょう。1984年刊行以来の 再刊で次ぎがあるかどうかも不明ですし、パンフレット・ちらしの写真が初出と異なり、中井個人の旧蔵との事であるいは中井 ファン必須本かも知れません。
2008年09月25日
ラピスラズリ<山尾悠子>
独自の世界を持つために、作家出発当時に該当するジャンルがなくSF作家として扱われていたようです。現在では幻想小説作家 として扱われています。長く文学界から姿を消し、幻の作家となっていましたが「山尾悠子作品集成」で突然復活し、以後短編を 時々書いています。本書は、久しぶりの書き下ろし連作集で長編的な形態も持ちます。昔の山尾作品は、SFジャンルに入れられて いたためか舞台をSF的に設定していました。作品の内容は奇想と幻想の集まったものですから背景はどうでも良いとも言えます。 しかし本書のように完全に幻想小説の世界に舞台を於いてみると、やや変わったと感じないとは言えません。不思議な文体と、 いつのまにか読者を自分の小説の世界に誘い込む事は変わりがありません。
2008年09月25日
氷<アンナ・カヴァン>
集中的に出版されて、今は絶版のサンリオSF文庫の一部が復刊されているようです。本書もそうです。読んだのはSF文庫版です。 しかしSF史上の傑作といわれているそうですが、なかなかそのイメージと繋がりにくい作品です。世界の終末・破滅は確かにSFの ひとつの世界ですが、日本人の東洋的輪廻・無常的な見方からは終末というのは、もっと重いものに思えます。押し寄せる氷河で 人類の破滅が近づくなかで、まだ続く人類の中の争い。そしてそれをも背景にする恋愛小説というべきでしょう。なかなか日本人 には理解しがたい・何かが足りない作品と感じてしまいます。
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2008/09に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。