推理小説読書日記(2008/08)
2008年08月01日
暗礁(上)<黒川博行>
ヤクザの桑原と、建築コンサルタント?の二宮のコンビが活躍する浪速のユーモア・ハードボイルドシリーズの第3作です。 別名を第1作の題名から「疫病神」シリーズとも言います。主人公の気が弱い二宮にとって、いつも事件と危険に巻き込まれる 桑原は文字通り「疫病神」です。第1作「疫病神」は泉州のゴミ処理場建設にまつわる事件でした。しかし、第2作からは大阪 以外も舞台になっています。「国境」は北朝鮮に逃げた男を2度に渡り、追いかけてゆきます。勿論簡単に入国も出国もできません。 通常の2−3倍の分厚さは読むほうを気持ちでひかせますが、読み始めると気にはなりません。ただ、その反省か第3作の本書は 上下2冊の文庫に分けられました。接待麻雀のもうけの一部を横取りするつもりが、いかさまをやり過ぎてほとんど全部勝って しまいます。それでは接待になりません。運送会社と警察との古い癒着と、実質のわいろの授受が失敗して結果、桑原と二宮は 奈良の運送会社・警察・やくざの癒着構造にまきこまれてしまいます。
2008年08月01日
暗礁(下)<黒川博行>
本作では、大阪本社と奈良の関係会社という構造の運送会社が舞台で、大阪のやくざの桑原も思うにまかせません。おまけに 関係者が沖縄の離島に逃亡したために、それを追いその後はその男より早く戻る必要が生じます。とにかく、どこまでトラブル に巻き込まれても接待麻雀のもうけの一部を横取りを隠そうとするために、放火の容疑者にされたり命を狙われたり、二宮は 家にも事務所にも帰れないなさけない逃亡生活を余儀なくされます。 長い会社と警察の癒着関係には、既に多くの被害者がいました。また、やくざにはそれぞれの縄張りや、組織の頭がいます。 どんどん深入りして暴走する桑原と、なんとか納めたい二宮です。最後は他の力をかりてなんとかしようとします。 でも、一向に桑原とは縁がきれそうもなく、疫病神は存在し続けます。
2008年08月01日
天才たちの値段<門井慶喜>
ペダントリーの世界は、ある種のミステリーに合います。ただし、それは読者によって異なるという難点があります。 美術の世界は、贋物が多くその解明には、美術のみならず歴史や自然科学などの多くの知識が必要です。これを丁寧に説明 すると小説ではなく、解説書になってしまいます。そこのさじかげんがこの種のミステリーの難しさがあります。手がかりを 全て隠さず、しかし重要なテーマを読者に気づかれ無い程度に必要な知識を明らかにしておきます。それでいながら、作品には 意外な展開と結末が必要です。読者によって受け取りかたは多岐にわかれるでしょう。個人的には非常に楽しめる作品でした。
2008年08月07日
タイタニック号の殺人<マックス・アラン・コリンズ>
1999年から書かれ始めた「大惨事シリーズ」の第1作です。映画の影響もありすっかり有名になったタイタニック事故 ですが死者が多く、直前の事の多くが不明な状況とすればフィクション性が入りやすい事件でしょう。その事故で死んだ探偵小説 のジャック・フットレル(フートレルと読むのが正しいとの説もありますが、翻訳通りです)が探偵役を演じます。大惨事の直前 に起きた客船内での殺人事件を解明します。ただ、歴史小説的に史実として残っている部分はかなり忠実に描いているとされて います。ミステリとしては、それは必要かどうかは不明ですが、ひとつの売りである事は事実でしょう。
2008年08月07日
天に還る舟<小島正樹・島田荘司>
合作というものは、その成立過程に謎をもつものです。本書はどうか?、個人の推理では島田荘司の役割は、シリーズキャラクター の提供(中村吉造と、一部吉敷竹史)と作品の内容のアドバイスではなかろうかと思います。作品には、海老原というキャラクター も登場しますが、こちらは小島氏独自の人物でしょうか。ストーリーとしては、島田作品よりも激しく強引な連続殺人事件です。 一般には現実離れと言われそうですが、島田ならば新人の心意気として前向きにとらえるかも知れません。私個人は、内容 によらず島田作品は、単純な古風なイメージとは捕らえていません。しかし、本作は古風な戦後すぐの時代の作品のイメージが あちこちに見えてしまいます。その理由を考える事は、島田作品の分析にもなるかも知れませんが、合作の成立過程が不明ですので 無茶はしないほうが無難でしょう。
2008年08月07日
ショコラティエの勲章<上田早夕里>
日常の謎派と、日常の謎を扱う本格ミステリとの区別は、読者でバラツキがあるでしょう。最近に、特定の職業・職場・人物 を描いた作品が増加していると思います。本書もチョコレート菓子職人のショコラティエを主人公にしています。その隣に店を 開いている京都の老舗和菓子店の娘で一時?支店の売り子をしている私が語り手です。どちらかと言うと洋菓子に興味があり 度々買いにゆく内に、オーナーシェフと知り合いになり、色々な出来事に関わって行きます。謎ではありますが、警察事件では ありません。そこで知ったのは、そのシェフや自分の店の菓子職人を含めた複数の職人の考え方・生き方です。勿論、自分同様に 菓子が好きな色々な人物の存在も知る事になります。
2008年08月12日
弥勒の掌<我孫子武丸>
説明の難しい作品です。広義の本格でしょう。いや狭議の本格といっても良いかもしれません。妻が失踪した教師と、妻を 殺害された刑事が主人公です。1章ごとに登場して、2つの話が進行します。それぞれに妖しげな新興宗教が登場します。読者は 何か2つの話が繋がるかと期待します。期待に沿って?、二人は出会い話がひとつにまとまり始めます。しかし・・・・・。 最後の章の題名が「弥勒」これは何を意味しているのでしょうか。いくつにも切り口がある小説とも、分類が困難な小説ともいえます。 ただ、発表時にあまり話題にならなかったのは、分類困難が評価困難に繋がったのかも知れません。
2008年08月12日
玉響荘のユーウツ<福田栄一>
デスタイムというか、解決に必要な時間が決まっている作品群があります。犯罪小説・ハードボイルド系に多いと思います。 同じ設定を、日常の謎派的な使用をすればどうなるかが、この作者の特徴です。本作では、主人公は金貸しの取り立てに日を 限られています。そこに舞い込んだ遺産相続の話。しかし、ものは売れば借金を払えるが、くせのある借り手がすんでいるおんぼろ アパートです。売るためには、全ての借り手から立ち退き了解を取る必要があります。それぞれが、立ち退き条件として難題を 出してきます。とても無理かと思えますが、借金返済には全て解決する必要があります。つぎつぎ舞い込む難題をも含めて、いかに 指定日までに主人公は、解決することができるでしょうか。サスペンス・ユーモア・ハードボイルド・・・分類不可能な構成の小説は ゆるみなく最後まで走り続けます。
2008年08月12日
ゆがんだ光輪<クリスチアナ・ブランド>
ブランドのイメージを変える不思議な作品です。丁度、不思議な作品を読みなれていたので、非常に驚いたとはいえませんが 作者のイメージが広がった事は間違いありません。そもそも、コックリル警部自身ではなく、その妹が主人公のあたりから 怪しいと思うべきでした。広い区分のミステリといえるでしょうが、それなりに楽しめます。ブランドも色々書いていますね。 1作者・1ジャンルの必要は全くありませんから、読者を謎以外でも煙にまく小説技術は、確かに作者の世界とイメージは広がり ます。はたして、次に読む作品はどの様な内容なのでしょうか。
2008年08月17日
地獄の同伴者<楠田匡介>
昭和33年の文庫版です。「地獄の同伴者」「追いつめる」「雪」の3作からなる作品集です。デビュー作の「雪」も含み 統一感は希薄です。あえて共通点を探せば、田名網警部が登場する事ですが全て主人公とはいえません。むしろ、前の2作では 法律事務所の秘書の香山紅子が実質的な主人公でしょう。ただ作品内容は、本格味は少なく犯罪小説・サスペンス的な要素が 強いです。作品の後半の一部に短いトリック部分があり、その所だけだ本格味といえます。探偵役の主人公もこの部分しか活躍 せず、奇妙な構成と感じます。
2008年08月17日
GOSICK3<桜庭一樹>
第二次世界大戦前のイタリアとフランスの間にある架空の国ソバールでの、ホームズ役のヴィクトリカとワトソン役の九条 一弥との探偵団です。長編第3作の本作では、ヴィクトリカは風邪で学校の宿舎で寝込んだままです。買い物にでかけた九条が デパートとその付近で奇妙な謎と事件に遭遇します。九条は、電話でヴィクトリカに尋ねて謎の解明にたどりつきます。 ホームズ役のヴィクトリカの安楽椅子探偵スタイルという趣向の作品です。九条ははじめて、ヴィクトリカが寝泊まりする 迷路庭園の奥の家に行きます。事件の解明と共に、ヴィクトリカと留学先の学園の事が徐々に明らかになって行きます。どこ までも不思議な学園です。
2008年08月17日
インディゴの夜<加藤実秋>
女性コラム書きの主人公の高原晶は、渋谷の変なホストクラブ・インディゴのオーナーでもあります。個性豊かなホストたち とその世界には謎や事件があります。そこに首を突っ込み、まるで少年探偵団のようにホストたちの協力で解決してゆきます。 ハードボイルド・スタイルで描かれる謎と、やや不思議な世界と、何よりも不思議な主人公の性格が重なります。結果として 実に愉快な世界と事件が、面白く描かれてゆきます。
2008年08月22日
サトシ・マイナス<早瀬乱>
なぜか最近多い二重人格テーマの作品です。本人の1人格が、本人の過去の謎を探偵する構成です。しかし、このような 特殊な設定での謎の追究では読者は参加することは実質的に無理です。それならば、読者は何を楽しむかというば良く分からない と言うことになります。このタイプの作品が多いということは、読み方を知っている読者が多いという事でしょう。 従って、このタイプのとらえどころのない作品を読む方法を掴む必要を感じます。かなり、不完全燃焼の読後感でした。
2008年08月22日
風の向くまま<ジル・チャーチル>
私にとっては初読の作者です。現代作家です。作家名は知っていましたが、その作品群は異なるシリーズで、本作は「グレイス &フェイバー・シリーズ」という新紹介シリーズの日本紹介の第1作という事でした。そして、不思議な状況に置かれた主人公 夫妻と顧問弁護士との妙な活躍がはじまります。こんな妙な遺言が成立するのかも分かりませんが、主人公自体が微妙な立場 である事は違いありません。作風的には、黄金時代のがちがちの本格ではなく、現代風?のユーモアの強い軽い本格といえる でしょう。
2008年08月22日
俳句殺人事件<>
齋藤愼爾が組んだアンソロジーです。題名通りに「俳句」をテーマにしています。同時に各見開きに1句ごとを載せると いう趣向もあります。内容は3部に別れており、・現代小説・時代小説(捕物帳)・掌編と書き下ろしという構成です。 特に2・3部の選題に作者の深い知識が感じる事ができます。同時に、その2・3部に記憶に残る作品が多い事も無関係 ではないでしょう。個人的には普段接していない俳句にも、なかなか興味を覚えるのは選者のおもわく通りでしょう。
2008年08月27日
一匹の小さな虫<西東登>
昭和47年刊行、社会派の影響を受けた本格系で動物がキーワードという作者です。本作も、その全てのキーワード を持った作品です。銀行からの多額の紛失・1年後に心中たしき様子での発見というストーリーに、動物という手がかり が絡んできます。比較的に地味な作風の作者ですが、本作では大胆なトリックが登場します。事件の時代性を含めても成立 するかどうかは微妙ですが、この作者のイメージと異なるのでかなり驚きます。事件の解決部分はいつもながら、やや跡見が 悪いと思います。
2008年08月27日
虚夢<薬丸岳>
ある意味では現在のミステリの主流的な心の病が主題です。現実の社会でも類似の事件が発生していますので、ありえない 等の批判はないでしょうが、ミステリとして読むと作者が好き勝手にストーリーを作れるイメージがあって、読む側は推理と いう面ではあまり楽しみはありません。殺人時は人間は異常な精神状態にあるのだろうといわれると、誰でもどんな動機でも あるいは動機がなくても犯人になりえます。そしてストーリー上の主人公が正常か異常かが不明では、真実の推理はとても無理 と言わざるをえません。謎を楽しむ・推理するミステリーが減少してゆくのは、小説的な完成度とは別に寂しく思います。
2008年08月27日
凍った太陽<高城高>
高城高ファンは結構いたと思いますがマイナーだったと思います。その中で熱狂的なファンであって、多くの作品を探して (文字通り)読んできた筆者には、高城高の作品が次々と復刊されて広く知られる事は、非常にうれしいですが、反面寂しい 面もあります。1年半前に地方出版社から、50年弱ぶりに短編集が出てそして今回、文庫版の全集が出る事になりました。 第1集の唯一の長編「墓標なき墓場」は非常に入手困難本ですが筆者はボロボロの古本あがりですが保有しています。そして 第2集の本書は初期の短編が中心です。上記短編集で発掘された専門誌以外の発表作を加えた初期作品に、これも上記作品集 で明らかにされた志賀由利を登場する3作に昨年発表された1作を加えた4作を加えて編まれた短編集です。その結果、この 作者の第一短編集は本書と次の第3集に別れてしまいました。筆者にとっては、昨年発表の作品以外は既読ですが、すなおに 喜ぶべき復刊です。
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2008/08に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。