推理小説読書日記(2008/06)
2008年06月01日
暗闇の教室<折原一>
推理作家協会賞の「沈黙の教室」の第2部となっているが、とくに続編ではないです。ただし複雑な叙述を繰り返す サスペンスという意味では類似しています。ただ叙述トリックと称するものは厄介で、ミステリとして、また小説として 成り立つかどうかはかなり微妙です。本来はどちらも、謎を解くまたは解明される、そして読者と謎を共有する事で成り立つ 部分が多いです。ところが叙述トリックというのは、読者を排除するかのように機能する場合があります。本作はその典型的な 例でしょう。はたして、作者の都合で読者を排除するかのごとく書かれたあるいは無理に複雑化された、または無理に偶然が 重なった内容はミステリとも小説とも呼べるのかはなはだ疑問です。途中で読者が、ほうりだすか表面を追うだけの本に何の 意味があるでしょうか。
2008年06月01日
サニーサイドエッグ<荻原浩>
「ハードボイルドエッグ」という作品の続編です。私立探偵ですが、動物が行方不明になるとそれを探すのも引き受ける。 その筈が、いつしか動物探しばかりに依頼が集まります。大抵は、動物探しがだんだん複雑なもめごとに発展します。なぜか 秘書?相棒までできてしまう展開は、いつしか本来のはじめは何だったのかさえ忘れかねません。有名なハードボイルド探偵 を気取った主人公探偵の1人称の文章と、事件との不一致とますます不一致なユーモアなストーリーは、作者の計算でしょう。 しかし、ハードボイルドスタイルの文体で何を書くかは作者次第ですし、そこにどんな謎・サスペンスがあるかも自由です。 動物失踪事件の探偵の物語がどうあるべきかは、ますます作者の自由でしょう。
2008年06月01日
悪魔はすぐそこに<D、M、デヴァィン>
海外作品は多く読んでいない私は、はじめて読む作者です。ただ日本初紹介ではないですが、絶版本になっています。 純粋の本格ミステリですが、ただレギュラー探偵役を持たない作者だそうです。そこでは、初読の私と既に他の作品を読んでいる 読者とも同じ環境にあるのでしょう。すなわち、本著は犯人捜しと同時に探偵役捜しでもあるという事です。制限されて容疑者 でのストーリーは次第に絞られてくるのが普通です。トリックや、ややアンフェア的なサプライズを使用するか、論理的な推理 を展開させるか作者には苦労はたえません。しかし本書のように犯人も探偵も不明状態では、その組み合わせは少ない人数に なっても依然としてかなり多いままです。論理的推理での解明もより効果的になります。
2008年06月07日
にわか大根<近藤史恵>
「猿若町捕物帳」の3冊目です。そして初めての短編・中編集です。昔からこのジャンルは短編が多いですが、本書も 小説と謎と作品の長さがすっきり合っている感じがします。舞台の町を設定する事で作者の得意とする芝居や吉原を背景に しています。既にやや複雑で、多数の登場人物が存在しており次々書かないともったいない状態です。ただこの作者は、多くの 特徴的・魅力的主人公を持っているので、単独で作品数が増える事は難しい状態でしょう。捕物帳も色々な種類がありますが 本シリーズは本格ミステリに属するといえます。顎十朗・なめくじ長屋・宝引きの辰と少ないながらの本格の捕物帳が書かれて います。その系列からもこの作者のシリーズに期待します。
2008年06月07日
グリンドルの悪夢<パトリック・クェンティン>
名前の有名で翻訳数もそこそこだが、全体の姿まではまだまだつかめない作者と言えるでしょう。複数のペンネームを使用 しているが日本の紹介の時に作者名を統一する事も仕方がない面があります。本格派として有名ですが、本作はやや異質な ストーリー展開に感じます。事件が出発といっても、少女や動物の失踪や行方不明であったりすると捜査というよりは、やや 異なる謎の解明の進行になります。そして、レギュラー探偵ではなくみんな犯人・探偵の可能性があるので風変わりな捜査 が妙に納得してしまいます。ちょっと、読者を引っ張る面で弱いかと感じますがそれは個人の受け取り方の差でしょう。
2008年06月07日
第三の死角<小島直記>
昭和33年発表作です。「点と線」「猫は知っていた」などのミステリの歴史の変わる時期です。人間は自分の中に「死角」 があると言うとおもしろそうなテーマですが、内容的には犯罪小説・サスペンス的な小説に従って謎を追いかける作品です。 文体もテーマもそれ以前の古い時代とは異なりますが、ミステリ色が薄いために上記の作品のような扱いを受けなかったのでは ないかと推察します。映画化された様ですが、現代・人間の内面というテーマのサスペンスは映像に向いているのかも知れま せん。
2008年06月13日
百舌姫事件<太田忠司>
久しぶりの狩野俊介シリーズです。長編に限れば、もっと久しぶりです。ただし、事情があって物語のなかの時間の経過は 非常にゆっくりとしか進行しません。2桁の作品のシリーズですが狩野俊介はまだ中学1年です。少年探偵という事で、なにか 他の作品と混同している人がいますが、正真正銘の少年です。語り役の野上氏のおとな目線と少年の感受性がかみ合って、作品 に厚みを作っています。今回は町にやってきた魔術団絡みの事件です。複数のトリックを応用して複雑化して、ストーリーと 混在させています。バランスが良いか、やや詰め込みかは読者次第です。
2008年06月13日
裁判員法廷<芦辺拓>
まじかになった、裁判員制度。それを舞台にした・・というより法廷場面と裁判員の討議場面のみで構成されたミステリ です。最初に登場した小説が、純度がこれほど高くて良いのでしょうか。後は薄くなるだけでしょう。3作の連作ですが、テーマ やミステリ的な仕組みは全く異なる構成になっています。裁判員制度についての知識が読むことで得られるとも言えます。 欧米の陪審員の討議や、法廷場面のみの高木彬光作品やそのた個別の前例はありますが、新制度の裁判制度の中での事件の 進行という売りはやはり大きいでしょう。詳細を書くとネタばれになる繊細さもあります。
2008年06月13日
狐火の家<貴志祐介>
「硝子のハンマー」という最先端技術を駆使した作品の主人公のふたり・青砥純子と榎本径が登場する作品群です。いずれも 密室状況ですが、全部が最新技術の世界ではなさそうです。感想としては、このふたり探偵は長編向きと思いました。 長編でも見られた別の解答を消す作業は、この短編集でも使用されていますがページ数が少ないと真相と消された解答との 差が微妙になり、作品構成上で損に感じます。長編ならば真相に時間とページ数を振り分けられるので、真相が一番面白く出来 ます。短編では、複数解答から真相を選び出す構成が成功かどうかが疑問になります。
2008年06月19日
ロジャー・マーガトロイドのしわざ<ギルバート・アデア>
題名からして作者が、アガサ・クリスティの作品群を読み・研究している事は明らかです。題名のもじりは、あまりに有名 な作品なだけに読むほうも気にします。そして本文に入ると直ぐに登場する、いつか読んだようなセンテンス・・これはパロディ?・ はたまたどたばた喜劇?かと悩みます。しかしどうやら、ユーモアにくるんだ本格ミステリらしく進みます。らしくは、某有名作が アンフェアとの意見もあるので、自粛しているだけですが・・・。最近作ですが時代設定は、某作品の時代付近です。そしてその点 もさりげなく取り入れています。
2008年06月19日
星月夜の夢がたり<光原百合>
掌編集です、幻想か怪奇かという内容ですが、作者は「メルヘン」といいます。イラストと一体になったスタイルはそうかも しれません。童話といっても今はイメージが変わっています。「本当は残酷なXXXX童話」なる本が複数に出されたためでしょう。 作者が幻想味と言っていますが、筆者がこれに怪奇も加えたのは上記背景との重なりが感じるからです。題材は非常に多彩です。 たしかにメルヘンもあれば、ある話の別解釈とも落ちのある解釈ともいえるものまで含みます。そこまでくると、本書の題名は やや偽りありとも言えるでしょう。
2008年06月19日
江戸川乱歩と13の宝石2<>
乱歩のルーブリックのついた作品集の第2集です。作品的には1集と比べて、平均して有名な作品・作家と思います。 そして、発表時期的には非常に短い期間に集中しています。丁度、乱歩が雑誌宝石の編集を行っていた時です。編集長として 主として新人作家の推薦文や紹介文を書いていますので、それを集めたアンソロジーです。のちの時代で、乱歩の感想等が 誤りがあると思われる事も多くありますが、逆に言えば個人の短い推薦文が多くの影響を与えたといえます。「R」という 署名の入った推薦文の有無で読者の印象を変えてしまう乱歩の存在の大きさを再認識します。
2008年06月25日
愛物語<南部樹未子>
ベテラン心理サスペンス?小説家の現在の所は最後の作品です。1994年の文庫書き下ろしです。4短編からなる短編集ですが 文字数に余裕を持って丁寧に書きこまれています。舞台は東京と、作者の出身の北海道の釧路です。特別な背景ではない、一般の主人公 の周辺に起きる事件?いや悩み・もめ事を通して揺れ動く心を描いてゆきます。やや長い目の短編でも、長編並の精細な内容になって います。読者が何を望むかで変わるでしょうが、殺人やアクションを望まないならば、作者の世界に入り込めるでしょう。最終作が 「出発」ですが、それ以後作品の発表はありません。作者にとって出発とは何だったのでしょうか。
2008年06月25日
MM9<山本弘>
20年前に「シム・シティ」というパソコンゲームがありました。都市を成長させるシュミレーションゲームですが、しばしば 災害が襲います。アメリカ生まれのこのゲーム、東京を選んだときに起きる災害はなんと「怪獣の襲撃」でした。なんだ?ゴジラの 影響でしょうか?。本書はSF+怪獣小説という???な内容です。自然災害と同じに「怪獣災害」が発生します。対応するのは 「気象庁特異生物対策部」で発生順に怪獣1号と呼ばれ、正体が分かるとニックネームがつけられます。モンスター・マグネチュード (MM)が怪獣の体重で決められて発表されます。短編集の最後に登場する怪獣がはじめての超巨大でMM9もあります。日本には怪獣が 似合うのでしょうか。
2008年06月25日
瑠璃の契り<北森鴻>
旗師・宇佐見陶子シリーズの短編です。本作者の世界ですので、越名や横尾硝子は登場しますし、かのプロフェッサーDが登場 します。反面、陶子は眼に異常を感じてかなり落ち込んでいます。不安を抱えても、たえず動き回らなければ仕事にならないもが 店舗を持たない旗師の宿命という事で、不安を隠して仕事を続けます。陶子の過去も明らかにされ、そこでの関係した人物も作品 も登場します。色々な面で、傷ついたり不安になったりしますが、それに打ち勝ち前を向き続けます。個々の作品のテーマ自体は 陶子個人の過去の関わりがなくても進められた筈ですが、作者は欲張りとも言える構成で描きます。
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2008/06に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。