推理小説読書日記(2008/05)
2008年05月02日
幼き子らよ、我がもとへ(上)(下)<ピーター・トレメイン>
7世紀のアイルランドを舞台にした、アイルランドの歴史研究の第1人者が描く、歴史本格ミステリーです。修道女で あり法廷弁護士でもあり、シリーズ第3作の本作で国王の妹になった主人公のフィデルマが主人公です。なじみのない 舞台でしかもアイルランド語が多く登場しますが、読み始めるとすぐに慣れて小説の世界に入りこめます。日本へのこの シリーズの紹介は2作目で、本国の発表順では、5・3になります。本作では、国家的な陰謀が絡み、アイルランド王国全体 の最高統治者による裁判が最終の謎の解明舞台になります。独自の裁判制度ですが、論理的な裁判方式で本格ミステリの 関係者が全て集まり、その場で事件が解決するという一番劇的な舞台となっています。事件は領地争いの続く隣国の著名学者が 何かの調査に訪れた、フィデルマの兄が国王になる国で死ぬ所から始まります。その原因次第では、争っている領地を失います。 国王は妹のフィデルマのわずかの期間で、その真相の解明を依頼します。調査を始める主人公ですが、逆に次々と事件が起こり ます。そして謎は深まるばかりのうちに、危機一髪で裁判に間にあいます。 現代のイギリスに、本格ミステリが存在する事も驚きですが、その内容の論理性と舞台の特殊性が生かされていることも 驚きです
2008年05月02日
正義の四人<エドガー・ウオーレス>
なんと1905年の作品です。法で裁けないものを狙う4人がタイトルですが、本当に4人かどうかはやや??です。 ミステリのひとつに、怪盗ものがあります。そしてそれが複数人物集団のものもあります。本作はその最初期にあたる 作品でしょう。時代的に、狙うほうも守るほうも現在と使用する技術が異なります。それが、面白くなるか、線が細くなる かは微妙です。作品的には、舞台は大きいが、事件的には小さくまとまっています。副題の「ロンドン大包囲網」ほどに おおがかりではないですが、作品的にも短くそれにあった内容といえるでしょう。
2008年05月02日
泣けば、花嫁人形<斎藤澪>
サスペンスを中心に本格要素を含めたり、犯罪小説風にしたり変化する作者です。本作は本格要素が強い作品です。 登場人物の関係は、必ずしも強いつながりはありません。地方から都会に集まってきて偶然に出会った人たちです。そこで 発生する殺人事件・・かならずしも協力的かどうか不明のままで、複数の人物が事件を調べはじめます。もともと接点が 多くないのですから、当人たちには意外な展開になってゆきます。見ず知らずの関係と思っていた人が、どこかで繋がって ゆきます。それは、被害者も事件を調べる側も同様です。主人公は新宿の街でしょうか。
2008年05月08日
官能的・四つの狂気<鳥飼否宇>
自他ともに認める「バカミス」作者です。ただし、「バカミス」には色々の意味と解釈があります。副題通りに、4作 からなる連作です。ディクスン・カー作品を元にした題名から密室もの?ですが、登場人物が増田米尊助教授とそこの研究室 の面々とくれば、まともなストーリーに進みません。異常なる状況と異常なる推理と解決?解答?が続出します。 全てが異常ならば、例の「木は森に隠せ」状態になり・・・。読者も異常になるのでしょうか。狂気に狂喜できるかは 読者次第という、楽しいかはたまた迷惑なミステリです。
2008年05月08日
奇談蒐集家<太田忠司>
雑誌連載の6作と単行本書きおろしの1作からなる連作です。奇談を集める男と、そのそばにいて奇談が実は論理的に 解決できる謎としてしまう男のいわゆる安楽椅子探偵集というのが、面向きの姿です。雑誌連載の6作では・・・。 本格ミステリの基本形のひとつで、短い内容にコンパクトにまとめられた作品集です。世の中には奇談などないのだよ、 そのような連作になる筈です。ただ単行本書きおろしの最終作がなければ。コンパクトなミステリ集が、最後に微妙に 、あるいは全体を揺るがすように変わります。単行本のボーナストラックとは言えない内容に。
2008年05月08日
自宅にて急逝<クリスチアナ・ブランド>
イギリスの遺産相続制度は、複雑です。日本でも同様の部分はあるかもしれませんが、少なくても普通の読者には 無関係です。イギリスでも、旧家だけかもしれませんがミステリの舞台には非常に多いです。多人数一族で、遺産をあて にする複数の人間・相続の順序が人の死で変わる状況が設定されています。そこには、一種異様な雰囲気が存在します。 わずかな証拠と論理で解答はあっても、証拠には不十分で、罠がしかけられるのもよくある展開です。無関係な者も、 何かを期待していた者も、結末で打算は消えてゆきます。イギリスのブラックユーモアなのでしょうか。
2008年05月14日
未練<乃南アサ>
女刑事・音道貴子登場作品の短編集です。特定のジャンルにとらわれず自由な設定で書かれた作品集でそれが特徴でしょう。 逆に言えば、特定のジャンルが好きな読者には、出来にバラツキが大きいと受け止まれかねません。ページ数も、主人公 の関わりもバラバラですし、事件は必ずしも解決する訳ではありません。もっと言えば事件がいつも起きる訳でもありません。 多くの作品は、女性・音道を色々な切り口から描いています。これが作者の一番の関心ごとである事は間違いないでしょう。 刑事という職業はより多くの経験・出来事に出会います。それ故のキャラクター設定とも思います。
2008年05月14日
犯罪ホロスコープ1<法月綸太郎>
エラリー・クィーンに「犯罪カレンダー」があります。1ヶ月1話で12話からなりますが、本書は「星座シリーズ」で 探偵・法月綸太郎が星座とギリシャ神話にまつわる話と謎を解決してゆきます。1となっているのは、前半の6星座を指し ます。ストーリーにしばりが多いので作者が種々の工夫をしても、言葉の謎の比率が高くなっていると感じます。クィーン とダイイングメッセージのつながりは大きいので、それも趣向でしょう。構成は文字通りの本格で、事件>探偵>解決の手順 を丁寧になぞって行きます。趣向ものではあっても、意外と謎以外の部分は多くはありません。
2008年05月14日
ペンローズ失踪事件<オースチン・フリーマン>
この作者といえば本格ミステリです。一方、失踪といえばハードボイルド的なミステリを思い起こさせます。ただし 失踪事件を扱った本格ミステリも多くあります。ただ、本格の定番の事件>探偵>解決とは進みません。失踪というのは 事件性はあっても謎かどうかはその時点では分からないからです。失踪事件を、警察でも私立探偵でもない主人公探偵役 が調べればどのようになるか、いささか風変わりな展開にはなりますが、後半まで進むと通常の殺人事件の捜査と同じ様に 展開していた事に気づきます。手がかりを科学的な分析で追い詰める手法は、背景の違いを超えて楽しめます。
2008年05月20日
ラインの虜囚<田中芳樹>
少年少女向けのミステリーランドの1冊です。このシリーズには、少年少女向けには向かない作品も見かけるのですが 本作はぴったりツボをつかんでいる感じをうけます。作者の子供の時に夢中になった本の条件、1:海外舞台、2:時代が 現在ではない、3:子供が登場しない事が目標がそうです。3は少女が登場しますが、それ以外はクリアしていると述べて います。他の作者のあとがきと異なる部分が多いです。これらの条件を持つと、読者の親近感は求めず読者の知らない世界の 好奇心や空想が優先されます。作者の狙いは成功しています。これに加えて、名前を知っているかどうか微妙な実在の歴史 上の人物が複数登場します。そして基本は、冒険とアクション・・そして最後にサプライズと見るかミステリ的と見るかの 収束となります。確かに面白い、ミステリーランドシリーズの上位の作品でしょう。
2008年05月20日
風信子の家<篠田真由美>
この作者のメインシリーズの建築探偵・桜井京介の恩師の神代宗教授を中心にした連作です。若き日の京介等も登場します。 謎解きミステリと言っても良いとは思いますが、それ以外のエピソードや謎の部分に直接関係しない思いの部分もかなりの 比重があります。作者の中には厳密なバランスの計算はないようで、個々の作品で異なる雰囲気があります。連作を装った 長編ではないが、逆に連作集としては別のまとまり?を感じます。登場人物の個性がよく描かれている事によるのではないかと 思います。
2008年05月20日
この男危険につき<ピーター・チェイニィ>
なんでもハードボイルドと呼ぶ日本のミステリ界は異常としか思えませんが、現実は否定してもむなしいだけです。 イギリス・ハードボイルドの先駆者としての紹介ですが、広義でもなおかつ非本格・謎解きミステリという理解が誤解が 少ないでしょう。スパイ小説とイギリスとは、密接な関係がありますが、本作はむしろその先駆作品でしょう。日常に埋没 したスパイもおれば、本作のように派手に動き回るスパイもいます。後者は、ギャングや組織が登場しておまけに美女が登場 します。いわゆるアクションのフルコースです。先駆的本作にも既に全てがそろっているのは、なんとも言えない状況です。
2008年05月26日
殺人名画<西東登>
1975年の作品です。シリーズ探偵・毛呂登場作品です。この作者の定番の、動物と戦争を背景とすることを極力抑えて います。主な舞台も地方に設定し、他の作品とは異なる感じにできあがっています。流石に美術テーマとは言いにくいでしょう。 構成的には依然として、平均的に時間が流れるし論理性もカタルシスも弱いですが、ミステリ的にまとめきっています。 作者が得意のジャンルにとらわれすぎない方が、ミステリ要素自体に力をそそげるという例ではないかと思います。 厳密には題名には??ですが、この種の事件では定番ですので、気にする事はないでしょう。
2008年05月26日
GOSICK<桜庭一樹>
ライトノベルス出身の直木賞作家として有名になりました。その中で本格ミステリとして紹介されていましたので、読んで 見ました。ミステリ作家は、ライトノベルスや少年・少女向けの作品を多く書いています。筆者自身もかなり多く読んでおり 違和感がないばかりか、ミステリ超初心者を相手の作品を書く難しさと工夫をかなり理解しているつもりなので、予想通り・以上の 内容の本作はサプライズという訳ではありません。既に多くの続編が出ているこのシリーズは継続読書です。ホームズ談をモチーフ に、架空の国とまだ初回ではおさえ気みな人物設定の組み合わせと時代背景と、その時代ゆえの不合理性を背景にした中で 謎に取り組む主人公のふたりはミステリ初心者にも熟練者にも受け入れやすいと思います。
2008年05月26日
銀行仕置人<池井戸潤>
金融界を中心にミステリを描いている作者です。最近は舞台を広げているようですが、本作は題名通りです。銀行内の 勢力争いと無能で不正な取り巻きたち。その中で窓際に飛ばされた主人公が、文字通り仕置人となり人事部教育の名義で 不正のありそうな銀行支店にのりこみ悪をあばいてゆきます。次第に大元に近づきますが、時間切れが近い。最終章で どんでんがえしが待っています。個々の章は異なる不正事件を描きますが、全体に大きな悪が流れています。連作に見せた 長編ではなく、はじめから長編を見据えた1章完結作品です。
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2008/05に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。