推理小説読書日記(2008/03)
2008年03月02日
先生と僕<坂木司>
大学生で家庭教師の僕とその教え子、大学生が主人公で1人称だから「先生」は教え子になります。田舎から 出てきたばかりで世間知らずの主人公と比べるとはるかにしっかりしています。主人公は非常に恐がりで、殺人が 出てくる本さえ読めない。教え子はミステリマニアで、主人公に読めそうなミステリを教えて行きます。だから、先生か。 主人公の特技は、記憶・・応用力はないが記憶力は抜群、教え子は推理力が優れている。こんなふたりが、いわゆる 日常の謎的事件に出会って解決してゆく、勿論解くのは僕ではないが・。主人公も次第に生活に慣れ、性格改善されて ゆくような。
2008年03月02日
黒蜘蛛島<田中芳樹>
薬師寺涼子が、気の向くまま泉田とふたりのメイド?とを仲間に、颯爽とスリルを楽しみながら残酷に事件を解決 する。怪奇事件簿というくらいだから妙な怪物が登場します。今回の舞台は、カナダのバンクーバーとその近海の島・ 黒蜘蛛島です。大金持ちが贅沢に暮らす個人保有の島です。勿論、捜査に来た理由はあるが、最後はそんなことは忘れて 敵との激しいバトルというお待ちかねの展開です。登場人物が、ほとんどがくせのあるどこかまともでない所があるが 涼子の個性にはやや影が薄いでしょう。ジャンルは何かとまともに考えると、悩んでしまいます。色々な要素が混じった アクション小説という事で妥協しましょう。
2008年03月02日
シシリーは消えた<アントニイ・バークリイ>
デビュー間もない作者が、マイナーな出版社から出した別名義の作品で、稀覯本との事です。登場人物は当然に 異なりますが、ほとんどの作者の作品が訳された現在では本書もその中にある事に、全く違和感はありません。この 作者は色々な名義で出版していたようですが、作品同様に変化が好きなのでしょう。「消えた」はミステリの定番の ひとつですが、本作ではまさしく「消えた」というしかない状況が起きます。いかにも作者好みか、二度も「消える」 とはさすがに予想外でした。皮肉屋の作者としては意外なまともな?終わりは逆に、意表に感じる所もある。完全に 本作者に思考が汚染されているようだ。
2008年03月07日
みちのく蕎麦街道殺人事件<金久保茂樹>
フリーカメラマン夏樹優一郎のシリーズです。旅行雑誌の取材で各地を回りますが、あまり無意味に旅行しすぎない ほうのトラベルミステリーです。本作は、時刻表トリックという直球ミステリで、その意味では好感がもてます。しかし 反面、どうしてもトリックが浅くなりやすい傾向は避けがたくつらい所です。仕方がないので、ミステリ以外の所にも 色々と主眼をおいています。この当たりは評価が分かれるところです。それゆえ、サブトリック使用や人間関係を複雑に しています。作者の目指す所がどこにあるかで、評価が変わる作品でしょう。
2008年03月07日
ルームシェア<宗形キメラ>
度々合作を行っている二階堂黎人が、千澤のりこ、との合作を始めた作品です。女性探偵が主人公で主な登場人物も 女性で、探偵の1人称となると女性の書き手が必要なのでしょうか。私立探偵の捜査の中にトリックが隠されている構成 だがその正否は読者にまかすとして、背景や主題の設定はやや重たい内容にされています。どうも、普通の人間よりも やや変わった人間が多く登場するようです。あくまでも、基準は読者個人ですが。主題が社会性があるので、書き方では 社会派か情報小説にも出来るところですが、ミステリにこだわりが見えます。そうすると、どこか怪奇性が見える気が します。
2008年03月07日
オモチャ箱<野崎六助>
副題が「安吾探偵控」で、坂口安吾が中心となる連作の1つです。構成がメタ的ともいえますがどこまでが・・と いう疑問を持たせたままに、話が始まります。降霊会にからくり人形と道具はそろっています。そして登場人物もどこか 変です。安吾はというと、よくわからないです、夢の中をさまよっているような、妙な論理展開をするような、そんな キャラクターなのでしょう。名作「不連続殺人事件」や他の資料からつながる安吾の人間像をとりいれるとこのように なるかと納得する部分が多いです。そう、まともでないが本格推理と強いつながりがある、そのようなイメージです。
2008年03月13日
ジョン・ディクスン・カーを読んだ男<ウイリアム・ブリテン>
あまりにも有名な表題作を含む短編集です。3作を除いて「・・・を読・・・・」の題名です。男・女・少年・少女・ 男たち・そして読まなかった男等です。複数なのは、アシモフの黒後家蜘蛛の会のパロディです。ほぼ日本でもおなじみの 作者のパロディです。特徴のある作者ほど、パロディになりやすいようです。いくつかは、雑誌で紹介されています。 これにパロディともとれる作品3作を加えています。短編集特有の玉石混在は避けられませんが、一応まとまっていると 言えるでしょう。表題作が一番良いと思います
2008年03月13日
西尾正探偵小説選2<西尾正>
作品集のない作家のひとりの初作品集です。アンソロジーでは前期の作品が取られるので、2集ではほとんどが単行本 初収録になります。なぜ、後期の作品は今まで紹介がほとんどされなかったのか?の答えは、たぶん面白くないからでしょう。 作者がなげやりで書いたような作品や、探偵小説とは言えない作品等、何故ここまでレベルが下がったのか不思議になる 作品ばかりです。この2集目をだして、全集的にするのがよかったのかどうかさえ悩みます。戦争を挟んで、探偵小説 が再度かけるようになりましたが、作者によっては逆に書けなくなった人もいる事が分かりました。
2008年03月13日
五つの鍵の物語<太田忠司>
ほとんど知られていない「鍵の博物館」。そこを訪れると、古い時代からの鍵にまつわる絵がありました。その絵を 観ているとどこからともなく現れたような少年・少女、そして誘われるように幻想の世界にはりこむ主人公です。 その状況ではじまる、鍵にまつわる5つの幻想的な(怪奇的な?)話。そして主人公が気がつくと、じっと絵を見つめて いた事に気がつきます。はたして、どのくらいの時間がたっていたのでしょうか。実は、主人公は・・・。 実は気がついていないのか、幻想の世界のままで終わるのかそうでないのか、不思議な世界に入ったまま読者に終わりの 感想はゆだねられます。
2008年03月19日
タルト・タタンの夢<近藤史恵>
7作からなる短編集です。最近では珍しい短い話でページ数も少ないです。舞台はフランス料理店、そしてそこで働く 4人が主人公です。シェフは幾分変わったキャラの設定ですが、なかなかの名探偵です。少しの手がかりと料理の知識から 結構奥深い所までも推察します。そう事件・謎といってもいわゆる日常の謎ですので、法的な決着は必要なく、謎の推察 で充分ミステリとして成立します。最近は料理を取り上げたミステリが多く感じますが、料理そのものが謎と密接に繋がって いるという意味では本短編集はまさしく料理ミステリといえるでしょう。
2008年03月19日
人形の部屋<門井慶喜>
妻・仕事、夫・退職後専業主夫。子供は中学生の娘。夫と娘を中心に話が進みます。とにかく、夫が家にいるから。 でも、この関係は時に微妙に揺れる時もあります。それになかなか気づかない所にも謎が生まれます。若干変わった関係 の家庭とその娘は、いかに生きて成長するのでしょうか。奇妙なものに興味を持つ夫はそれ自体が謎かもしれませんが 本人はいたって暢気のようです。その生活を楽しんでいるからですが、周囲は時として悩む事もあるようです。それに 気づくとようやく主人公の夫も悩む事になります。その時間差がミステリになります。
2008年03月19日
蛇は嗤う<スーザン・ギルラス>
日本初紹介の作者・作品です。従って登場人物もなじみがないです。そして、通常の個性の持ち主だと読む方は なかなか、探偵の存在を意識できない事になります。実は、作者の最後の発表作との事ですが、それが初訳になると 作者と読者との間に何かの約束があるのかどうかも、分からず新鮮というよりは戸惑います。モロッコを舞台にした たぶん、異色作かもしれませんが他が分からないので・・・。でも他の作品を読める可能性は少ないでしょう。この 作者や作品の評価は、不明のままで終わりそうです。
2008年03月24日
金融探偵<池井戸潤>
若くして銀行を退職した主人公の大原次郎は、なかなか次の仕事がみつからないです。その求職中にたまたま、金融 知識から事件を解決します。口ずてに似た事件の解決を依頼されます。求職のかたわらにわか金融私立探偵になったような 状態になります。必ずしも金融知識での解決ではありませんが、きっかけやどこかにその絡みがあります。金融関係の知識 はなくて困っている人は意外に多いし、がちがちのリアリズム小説でもないのでフィクションとして楽しめます。私立探偵 のきっかけが、求職中の暇と金融知識という探偵談もまたよいものです。
2008年03月24日
白衣のふたり<斎藤澪>
第1回横溝正史賞受賞以来、本格味の作品もありますがどちらかと言えばサスペンス的な作品が多かった作者が本格 味と共に、舞台を病院に設定してシリーズ化した作品です。テレビドラマ化もされており、見た記憶があります。サスペンス・ スリラーの強い作品から、都会的な舞台とより本格味を濃くした構成は作者の転機点ともいえるでしょう。もともと多彩な 作品を書いていますがそこに新しいものが加わったといえます。複数の視点からの展開・看護婦や緊急病院の内実・その世界 で生きてきて自分の生活と新しい技術の習得と人間関係の調整に、努力して疲れてしかし同胞を思いやる気持ち。しだいに 奥深い内容にひかれてゆきます。
2008年03月24日
自殺の殺人<エリザベス・フェラーズ>
トビーとジョージが登場するシリーズです。この作者の日本紹介は遅くはなかったが、いかんせん作品数が少なかった。 同時にその評価も中途半端であった、もともと評論家の意見はあくまでも個人的であり同時に全体像をつかんでいるとは 言えない事が多い。この作者についてもこのことは当てはまります。ようやく、多くの作品が紹介されるにつれて、ファンは 自分自身でその感想や評価をするようになりました。そしてそれは、本国の伝統的な本格を引き継ぐ作者としてようやく 認識されてきて、訳された作品数も徐々に増えているのは非常に望ましい事です。作品の内容は、かなり凝っていて紹介しない ほうが未読読者のために向いていると思います。
2008年03月30日
理由あって冬に出る<似鳥鶏>
題名から作品内容が予想しにくい作品です。本の薄さから簡単に読めるだろうと思うと何故か、時間がかかりました。 つかみにくいストーリーと、ジャンルと登場人物と文体の絡みあいでしょう。どこまでが計算されていて、どこが欠点なのか 判断が困難です。いわゆる学園ものミステリだろうと思います。読みにくいのは、たぶん登場人物の男性・女性の区別がつき にくい所ではないかと思います。学園に伝わる幽霊談という古いネタを工夫して書いています。ただ、もう少し分かりやすく 書いても良かったのではないかと思います。
2008年03月30日
フェアレディZの軌跡<井口泰子>
1983年の作品です。実在の事件をテーマに書いたとの事ですが、流石に記憶に残っていません。東京・富山・長野 ・姫路と移動しますし、法廷場面も繰り返しはめ込まれます。事件を複数の眼から追いますが、錯綜しているのか視点が ぼやけているのか、大小の謎が設定されている割りには、読みながら謎を追っている雰囲気が弱いです。読み方がサスペンス 風に替えれば丁度良かったのかもしれません。本格ミステリ的に読むと、焦点がわざとぼかされている錯覚におちいりやすく 印象が弱くなる気がします。実在の事件をテーマにすると、このような書き方がよいとも思えますが、ミステリ的にはやや不満 です。これはテーマと、小説スタイルの問題で作者にとって処理が厄介なのでしょう。
2008年03月30日
女豹の博士<橘外男>
幅広いジャンルをかき分ける作者ですが、「女豹の博士」「仁王門」「グリュックスブルグ王室異聞」の3作の短編集です。 最後の題名から予想できるように、世界各地を舞台にしたいわゆる「異聞」です。現在ではどの分類に入るのでしょうか。幻想・ 怪奇・サスペンス・伝奇?色々な要素が混ざっています。この作者に慣れた読者には、いつもの作品ですがもし初読ならば とまどいがあるのもやむを得ないでしょう。リアリティとか、複雑な構成とかを無視した現在では古風なスタイルですが、橘作品 ならば、このような内容だろうとの期待には応えています。作者の個性だけで小説は書けるのかといわれると微妙ですが、 特定の読者にはなかなか離れられないし、後継者もいない作品群です。
←日記一覧へ戻る
2008/03に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。