推理小説読書日記(2008/02)
2008年02月07日
絶対悪<藤桂子>
理系本格ミステリ作家の父の故藤雪夫との競作でデビューした作者です。娘になります。父の死後は単独で作品 を発表していましたが、2000年の本作で途絶えています。単独作を見ると、人間心理・異常心理・精神分析等 を主題においた作品が多く、父親との作風の違いは明確です。逆に言えば、競作はライターの役割に徹したと思います。 本作はその主題を突き詰めて行ったもので、人間の持つ悪はどこまで深くなれるかを書いています。それがはたして 絶対悪といえるものかどうかは読者にゆだねられますが、本格ミステリでありながら、恐怖感が漂うストーリーです。
2008年02月07日
カッサンドラの嘲笑<太田忠司>
多数のシリーズを書き分けている作者の、ロングキャラクターの女探偵・藤森涼子シリーズの3作からなる作品集 です。涼子は登場年月と共に年をとる設定になっており、本集では40才台になっています。藤森涼子探偵事務所を ネット上に開いて3人の不思議な仲間とともに働いています。そしてついに、事務所を開きます。3人の仲間(部下) がそれぞれ事件に巻き込まれる内容の3作とも言えます。探偵の経験と専門性は涼子ひとりで、所長としての自覚と 責任と現実的な探偵としての働きがより強く涼子にかかってきます。ミステリ的には本格味はあまり強くないですが 警察小説的な面やハードボイルド的な面が重なって、どんどん成長しながら変貌してゆく女性としての涼子が読者に 作品内に強く引き寄せる内容となっています。
2008年02月07日
アリントン邸の怪事件<マイケル・イネス>
作者後期の本作は、文章がまさかという程読みやすくなっており非常に驚きます。文体や引用は依然として残って いますが、そのたびに読むのがとまる初期の作品とは別人のように読みやすく、ミステリの世界に引き入れてくれます。 イギリスの警官はなぜか、退職後も事件に巻き込まれ結果的に捜査をする傾向が強いです。アプルビイもやはり同じ かと言う所です。ただ警察を離れると組織捜査よりも、個人的捜査になりますのでミステリ的には向いている面も 有ります。本訳書は、本編の前に解説的な文章が挿入されており、それが内容にまで関わっているため、興をそぎ かねません。なぜこのような事をしたのか、疑問ですが未読の方は、「手引き」と称する部分はとばす事を薦めます。
2008年02月13日
深夜病棟・二十五時<斎藤澪>
初出の「ハモニカを吹く男」を改題した作品です。この作者はシリーズ探偵は少ないですが、本作は小諸菖子・久美子 姉妹が主人公のシリーズ作品の1作です。小諸久美子シリーズでテレビドラマ化もされています。姉の菖子がフリー ライターで、妹の久美子が看護婦です。久美子は夫と死に別れ、子供の大悟と暮らしています。サスペンスを主体と した作風の作者ですが、本作はかなり本格味が強くなっています。病院という舞台はミステリに向いているし、警察や マスコミに絡む姉の職業は犯罪が有った時のストーリーの展開に都合が良いと思います。病院用語で午前1時を深夜の 二十五時というそうですが、その頃の病院内はサスペンス的な雰囲気が強く作者の持ち味がだしやすいとも言えます。
2008年02月13日
もろこし銀侠伝<秋梨惟喬>
東京創元社の「ミステリーズ・新人賞」受賞作を含む作品集です。作者は、那伽井聖名義で応募アンソロジーに 2作発表しています。本作品集は、中国を舞台に描いた時代小説ミステリです。実在の人物を扱う歴史小説ではなく もともと奇想の中国の架空の舞台の小説等の人物や出来事を背景等に使用しているので、奇妙な設定と世界での出来事 となっています。そして、その設定内では本格ミステリとなっています。時代ミステリの中には、趣向に凝っているが ミステリ部分は団体で行えばどんな不可能犯罪も出来る風のものがあります。しかし、本作品集では裏であやつる黒幕 の有無は別にして、実際に犯罪・謎を形成するのは単独犯ですのでまさしく本格味が濃いといえます。作者が今後どの 様な舞台の作品を書くのかは不明ですが、本格ミステリを期待出来ると思います。
2008年02月13日
甲州・ワイン列車殺人号<辻真先>
トラベルライター瓜生慎シリーズですが、本作では別行動の息子や別キャラクターの可能克郎も登場します。 作者のサービスと思って読んでいると甘い。必要があっての構成である事は最後に分かります。トリック的には 目新しいとは言えませんが、それを生かす構成とストーリーは作者得意の世界です。次々起こるドタバタ騒ぎの 影に作者の企みが有る事は予測すみですが、まあそれも楽しみというものでしょう。架空の地名を使用している (と思う)が、伏線的には充分の設定でしょう。山梨という事で複数人での準備取材ですが、しかし・・・・。 細部まで納得させるようになっているようです。
2008年02月20日
猫とねずみ<クリスチアナ・ブランド>
ブランドは日本への紹介では比較的めぐまれています。本国での出版からあまり年数をおかずに日本で訳されて います。そして現在もほとんどが読める作者です。作品数は多くないが、わずかずつ作風が変化しつつ優れたミステリ 書いています。本作には、レギュラー探偵は登場せず「身上相談」の女性記者が主人公として登場します。普通は手紙 の相談で終わるはずですが、主人公が相談者に会いに出かけた事から事件に巻き込まれます。主人公は、一応探偵役 をつとめますが必ずしも事件の謎を解く訳でないですが、作品自体に貼られた伏線から読者は謎の解決に達するかも しれません。最後の解決は・・・・これは特別なものでは無くても書かないべきです。
2008年02月20日
新本格もどき<霧舎巧>
都筑道夫はパロディ作を多く書き、しかも趣向を凝らした内容が多い作家です。本作は、その中の「名探偵もどき」 を新本格の作者と作品に対して行う構成を取っています。作者は、もどきではあっても、元の作品のトリックや犯人を 連想される事は避けたとしているが、このタイプの作品を書くときの常識でしょう。元の登場作品と作者は無難な所 でしょう。題名を見ただけで、ほとんど直ぐに分かるのがみそでしょう。個々の作品自体もかなりこだわりがあり、決して 趣向だおれしていないのは、読みごたえがあります。なかには、トリックの無駄使いといえる程、贅沢な作品もあります。 純粋の本格ミステリとして読んで充分な内容でしょう。
2008年02月20日
雲上都市の大冒険<山口芳宏>
第17回鮎川哲也賞受賞作です。選考評では、島田荘司が積極推薦・山田正紀が持論の相対的選考で推薦・絶対 評価が持論の笠井潔が今回は相対評価で・・という訳で受賞となった模様です。さすがに内容とページ数があって いない感じがします。奇抜な脱獄トリックはなかなかのものですが、たまたま最近全く異なるトリックで発想が 似たものがあり、個人的にはサプライズが少なかったがこれは作者のせいではない。構成的には、探偵役が2人いる 事でしょう。どちらも個性的で、使い分けると面白い作品が出来てくると期待できます。しかし、最近多いやや古い 時代設定は本格ミステリの現状を表しているかもしれません。
2008年02月27日
死の殻<ニコラス・ブレイク>
本作者は黄金時代の後期の作者ですが当時にかなり日本に紹介されています。しかし、実際に読んだ作品はわずかです。 読書の時間軸があわないとこのような事もあります。作品中に英国作品の引用が多くはいりますので、なかなか日本の 読者には厳しい面もあると思います。本作の題名からして説明されても理解しにくいといえます。復讐はテーマとして 多くありますが、殺される方も復讐者も読む方からは、複雑な位置に存在します。動機無き復讐はなく、真に理解できる 復讐もないからです。非復讐側に伝説的な英雄を据えても、なかなかそれは覆りません。
2008年02月27日
ギブソン<藤岡真>
複雑な作品の多い作者ですが、本作はややストレートなハードボイルドといえると思います。作中には色々と 捜査を惑わす道がひかれています。素人の捜査についてゆく読者は、振り回されるようになっています。しかし、 ミステリを読み慣れていると、いくつかの予想のひとつになってゆくと思います。それは、むしろ1点のサプライズ 狙いよりもミステリ的で個人的には好ましい構成と感じます。アルコールに縁のない私は題名が分からなかった。でも 作品の本質とは関係ないものでよかった。雰囲気があっているのかは、当然理解の外です。本質的な決着か、推定決着か 、それはミステリ的にはどちらでも良いのでしょう。
2008年02月27日
十四年目の復讐<中町信>
コンパクトで密度の濃い作品を書く作者の意外な長い長編です。最近は長い作品は珍しくないが、密度の濃いこの 作者であれば、読むのは厳しい。内容は、2冊の作品を組み合わせたように構成されています。それで長いのか。探偵 役もレギュラー2組が登場します。途中までは異なる事件に関わっていますが、途中からそれが絡み合います。トリック は文字通り満載ですが、ダイイングメッセージに重点が置かれている構成です。素人探偵には向いていると言えますが 読者は次々でてくるとなかなか、読み解く訳にはゆかないでしょう。14年という時間と、2探偵という事件空間があれば 作品は長くなります。密度は濃いままなのでまさしく2冊読んだ気分です。
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2008/02に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。