推理小説読書日記(2008/01)
2008年01月03日
ルピナス探偵団の当惑<津原泰水>
初出が10代向けの小説のせいか、登場人物が学生と事件に巻き込まれるための姉とコンビ刑事になっています。 不自然よりも都合に合わせたために、登場人物のキャラクターがぼけて損をしていると感じます。話の内容がいかにも ミステリであるだけに、ミスマッチは非常におしいと感じます。謎としては論理的に不可解な状況を解くもので、 謎を追う人物が明解なほど読者も同じ世界にはいりやすいが、ややつまずく所を感じます。構成的に探偵団の必然性 はミステリ的には無く、小説としての構成で利用しています。作者が謎と論理の純粋性に拘っていないのに、読者側 拘ってもあまり建設的ではないが、論理性に重点を置いた小説が多くないので何故か惜しいと思ってしまいます。 このタイプのミステリの継続的な発表を期待します。
2008年01月03日
名探偵ものしりクイズ<はやみねかおる>
ミステリ作家とクイズ作家の競作のクイズブックです。問題を並べるだけでなく、進行役を夢水清志郎シリーズ のキャラクターで進めた所が若干、普通のクイズと異なります。ミステリ小説形式での出題3題のみが名探偵ものと いえますが、短い短編で全体のごく一部のため満足とは言えないです。対象読者層の年代にどのように受け止められる かが作者にとって重要で、対象外のおじさんの私の感想はどうでもよいのでしょう。
2008年01月03日
蜘蛛の巣(上)<ピーター・トレメイン>
本格ミステリは日本と一部でのみ書かれており、欧米では別のジャンルばかりであるとの記述をたびたび読みます。 現代に書かれたものではそうかもしれないと思っていましたが、本著を読んで上記は間違いか例外が意外と多いのでは ないかと思いました。文庫2冊の本著は7世紀の南アイルランドを舞台にした修道女で法廷弁護士のフィデルマを主人公 にした歴史・本格ミステリです。下巻の著者紹介では、アイルランド文化研究の有力者であり、舞台の風俗や制度は その研究に基づくものらしい。従来のイメージと異なる時代背景と魅力的な主人公の活躍と、複雑に絡み合った状態で 進む上巻は読者を解決編に導きます。アイルランド語を無理に訳さずに訳注にしたスタイルも効果的に感じます。 既に続巻も訳されており期待のシリーズの予感がします。
2008年01月09日
田舎の刑事の趣味とお仕事<滝田務雄>
帯にいわく「脱力系警察ミステリ」だそうです。個人的には、「ユーモア本格ミステリ」と思いました。第3回 ミステリーズ新人賞(対象は短編)作家の第1作品集です。田舎の設定なのでやや目新しい事件が起きます。それを 奇妙な個性を与えられた刑事たちが解決します。名探偵役は黒川刑事ですがこれもくせのあるキャラクターです。そ して、まぜかわし役の白石刑事が混乱させます。バイキャラの白石刑事は、我孫子武丸のデビュー時の連作長編シリーズ に登場した不死身の木下刑事に匹敵するキャラクターです。黒川刑事の趣味はいかにも現代的です。これを推理の きっかけに利用する構成は工夫が見られます。短編の新人にも短編集の出版の機会が与えられた事は望ましいし、それに 答える内容の短編集と思います。
2008年01月09日
ハーヒールの死<クリステアナ・ブランド>
イギリス本国でも日本でも著名なブランドのデビュー作です。日本訳の初版が18年後だから恵まれた作者と言える でしょう。ストーリーやトリック等に後生の代表作とは異なる感じはうけます。それが文体やユーモアであると訳者は 述べていますが、そこは訳の難しさでなかなか伝わりにくい面はあります。トリックの周りに整理されてゆく作風と 異なり、トリックの変わりに解決部がごたごた複雑にしているので分かりにくいと思いました。トリックに頼らない 地味な本格作品はイギリスに多いですが、この作品は類似ストーリーながら素直でないです。
2008年01月09日
蜘蛛の巣(下)<ピーター・トレメイン>
後半は視覚と聴覚と言葉をうしなっている容疑者との会話手段を主人公の修道女で法廷弁護士のフィデルマがたどり つく場面から始まります。併行して色々な出来事が起きますが、次第に登場人物の本質が明らかにされて行きます。 そして、最後は関係者を一同に集めて事件の詳細を明らかにしてゆきます。実はこの部分がかなり長いですが、そこで 物語の最初から張られた伏線が次々とあきらかにされて行きます。上下巻に分かれていますが、個々はページ数が多くは ないので、文庫本でありながら読みにくいぶ厚い本と比べて長い話ではないですが、そこに含まれた謎の深さと伏線と それらの全てを解決してゆく展開は典型的な本格ミステリであり、とても10年前に書かれて現在も続いているシリーズ とは思えません。7世紀のアイルランドが生き生きと描かれる事も見逃せません。
2008年01月16日
西尾正探偵小説選1<西尾正>
探偵小説に怪奇小説的な意味が多かった頃の作者です。その頃の作者としては作品数はやや多めですが、作者名は ある程度知られていると思いますが、作品はほとんど読まれていないと思います。いわゆる「黒い」文章です。漢字が が多く、会話がすくない・・本のページにぎっしり文字が詰まっているタイプです。ページ数の割には読むのに時間が かかります。そして個人の作品集としてはこの本が最初になります。アンソロジーに取られる作品は限られています。 今回、単行本では初の作品も読んだ感じでは、まあ妥当な評価だったのかと思います。(下巻がありますが)評論も 掲載されていますが、今読むと意味が分かりにくいとしか言いようがありません。小説を多く載せてほしかったと思い ます。
2008年01月16日
エデンの命題<島田荘司>
「エデンの命題」「へルター・スケルター」の2中編からなります。推理小説というより奇想小説・伝奇小説的な ストーリーです。とく言えば、まとめにくい話を力で小説化した・・逆に言えば、都合の良いように展開させて単なる 読み物に終わった・・どちらとも言えます。帯文では「21世紀本格」とされているが、もしそうだとするとミステリ の将来は暗い。このような小説があっても良いが、ミステリとして中心になっては、読者はミステリ以外と入れ替わる しかない。本作者は勢力的に多数の作品を発表しているので、実験的な本作をも発表するのは何も問題ないが、寡作な 作者が本作の傾向になると淋しい。
2008年01月16日
月館の殺人(上)<綾辻行人原作・佐々木倫子画>
本格ミステリ作者の原作による劇画です。その前半です。計算ずくかもしれないが、間違いそうな題名です。原作者 の「館シリーズ」との関係を考えてしまいます。しかし全く関係はありません。世に鉄道マニアが存在する。それらが 集まると・・かなり無理な設定が出来ます。ただ、上巻ではまだゆっくりわかりはじめます。激寒の北海道、知らない 場所「月館」に向かって走る列車の中で発生する事件、閉ざされた空間と思えます。2冊に分かれた作品ですが、その 理由は読者に曖昧な設定で詳細を理解しにくい状態で上巻が終わる形になっているからです。
2008年01月23日
月館の殺人(下)<綾辻行人原作・佐々木倫子画>
下巻で姿をあらわす「鉄道館の殺人」、鉄道マニアばかりの乗客がたどりついた?月館、そこは実は鉄道館だった。 キング・オブ・鉄道マニアの作った館はかなり非現実的な鉄道マニアしか価値が理解できない物や構造に満ちていた。 そしてその異常な状況の中でのみ成立する連続殺人が行われます。2巻の分厚い本であるが、劇画であり途中でトリック 等の推理を行わなければ比較的短い時間で読める。小説なら100枚ものの感じです。主人公の女性が沖縄生まれで はじめて鉄道に乗るという設定もだめ押し的に強引とも言えます。そして、黒地の紙に黒字で書いた読みにくい原作者 の後書き・・、適度という事を知らない原作者であるが、劇画という媒体とは不思議に合っているようにも思います。
2008年01月23日
ウォンドルズ・パーヴァの謎<グラディス・ミッチェル>
まだまだ日本への紹介が少ない作者です。おせっかいおばさん探偵・ブラッドリーが活躍?動きまわります。静かな 背景で静かに進行する筈の小説を、探偵役が動かしたいようです。牧歌的というか平坦とも静かともいえる小説の展開 はイギリスの農村の生活だと思えば納得しそうです。でもね、伏線という物は全く違和感がなくのんびり読みとばす所 に貼られているのが実は一番効果的なのです。それが作風なのか、ミステリとして狙ったものか、はたまた偶然なのか 興味は大きいがある程度の作品数を読まないと判断できません。沢山の作品が紹介される日は来るのでしょうか。探偵 おばさんの実態と共に興味があります。
2008年01月23日
人形が死んだ夜<土屋隆夫>
デビューから60年・満88歳の作者の長編です。帯文の「集大成」は正しいかもしれない、そして本作が最後に なるのではないかとの気もします。登場人物、完全犯罪、倒叙形式の部分的採用、そして割りきれるとも割り切れない ともとれる終わり方、何かやって見たいことを全て書いてしまったという気がします。天狗の面で活躍する土田巡査の 息子が警官から警部・警視・署長になり引退生活から、アルツハイマー病になり記憶があいまいになってゆきます。そ れをじっと見守る警部の妻、そこに舞い込んだ手紙・・・。作者が書きたかったのは全てであろうが、その中でも特に どれを書きたかったのか?いわゆる、読者に再読を求めるミステリです。土屋隆夫論は、後期の作品が1作書かれる ごとに修正が必要になるようです。
2008年01月30日
プリズムの瞳<管浩江>
「ピイ」と呼ばれるロボットたちを主人公にした連作です。技術進歩とともに作られたロボット、しかし時代が過ぎる と旧式になり廃棄される。しかし、「ピイ」と呼ばれるシリーズだけは「絵を描く」と機能に限定して残された。その ロボットと人間の関係を描きます。それは科学ではなく、人間の個々の勝手な感情や欲望の対象となっています。壊され ても痛められても何の感情も示さなく受け入れるロボット。修理不可能になると廃棄処分になり引き取られるだけ。 自分を守る事はしないが、人間は守ろうとする。わがままに接する人間がかえってむなしく浮かびあがります。感情を 示さない存在は、ある種の人間には嫉妬の対象になるようです。
2008年01月30日
絞首人の1ダース<デォビッド・アリグザンダー>
冒頭のスタンリー・エリンの序文を読んだだけで、初読の作者ですが内容が予想できます。そして、そのような内容 です。欧米では、このような短編、ブラックユーモア的な小説が好まれるようです。日本では、何故か高貴な内容の様に 紹介された事がありますが、現在は1ジャンルとされているようです。とにかく、ファンと1歩離れた読者に分かれる 様です。私は日本風の怪談や、星新一のショートショートの影響か、若干距離があります。短編集は玉石混在ですので 個々の作品の評価は控えるとして、やや分かり難い表現で書かれている印象があります。また、いかにも非日本的な話題 のため日本人にはピンとこないのかもしれません。
2008年01月30日
A happy lucky man<福田栄一>
まだ知名度は高くないが堅実に数作を書いている作者の処女作です。べったりのミステリではなく、色々のジャンル の要素を持つ青春小説と言えます。その中には本格・冒険・犯罪・ハードボイルド的な事件も含みます。1週間で難解な 国際法のレポートを書く必要になった主人公ですが、それどころか次々からややこしいもめ事や事件が舞い込みます。 学生寮の役員ですが、管理人も同じ役員もみんな出かけてひとりで対応するしかありません。その上、アルバイト先や 別の寮との対立・女学校との合コンまで絡んでしまいます。厄介ごとを背負いこむ性格のある主人公はいかにこの事態 を乗り切るのでしょうか。1アイデアではなく、多数のアイデアの盛りこまれた作品はこれからの期待が大です。
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2008/01に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。