推理小説読書日記(2007/12)
2007年12月04日
国境<黒川博行>
浪速のハードボイルドの異名をもつ作者の現在の中心作風の作品です。デビュー以来、大阪周辺を舞台にした作品が ほとんどですが、本格ミステリ・サスペンス・ライトミステリ・ハードボイルドと幅広く作風を変えて書いてきた作者 ですが、本作は2001年の作品ですが、「役病神」の主人公が再登場するハードボイルドタッチの2作目です。この 再登場していますのでシリーズキャラクターと言ってもよいでしょう。大阪で詐欺にあった二人が犯人を追って、北朝鮮 に2度も追いかけるという壮大なストーリーになっています。現在よりも北朝鮮の情報が少ない時期に書かれたとは思えない ユーモアある会話とどたばた道中で表現された、この国の抱える問題の提起は単なる情報ノンフィクションより臨場感 があります。題名は2度目の中国からの国境を越える密入国から取られていますが、この作品の状況がまだ続いている 事に改めて問題の深さを感じます。大作ですがそれに見合う内容です。なお最近無くなった藤原伊織が解説を書いて います。
2007年12月04日
死のチェックメイト<ロラック>
複数のペンネームで非常に多くの作品を残したとされている女流作家ですが、日本への紹介はまだ3作で作風を 論じる段階ではないでしょう。英国の伝統の地味で堅実な本格派と紹介されていますが、この系統の作者・作品で しばしばみられる微妙な食い違い・手がかりで真相にたどり着く過程は堅実かどうかは、ミステリ小説として読んで はじめて納得するものでしょう。全訳は期待できないとしても、まだまだ訳してほしい作者です。
2007年12月04日
螢坂<北森鴻>
今や短編のベスト作家といっても良いほどの安定して優れた作品を書き続けている作者です。多数のシリーズと そのキャラクターのコラボレーションが特徴のひとつとなっています。本作は、一番最初のシリーズで、マスター の工藤が探偵役をつとめるバー「香菜里屋」シリーズの連作集の1冊です。本としては最近ではページ数が少ない ですが、不要な水増しがない密度の非常に高い内容です。また、謎の種類と解決も微妙に多様化されていて全く パターン化とは無縁です。それだけに量産には向かないですが、読者が禁断症状にならない程度に書かれているのは 非常に喜ばしいです。小説は量ではなく質が重要と再認識させてくれます。
2007年12月11日
死者の靴<H.C.ベイリー>
フォーチュン物のシリーズで有名ですが、本長編は弁護士クランクのシリーズの1作との事です。ただし日本には 初訳です。ただ、シリーズ・キャラクターとしては直ぐには認識できない内容に感じます。この人物は、探偵とやや悪役 的な両面を持っているのが原因でしょう。素直に探偵と認識しがたいです。ストーリーとしては地味な内容に入るでしょう。 探偵とストーリーが地味なので、作品自体も地味な印象があります。英国風の堅実な作風ととるかどうかは1作では判断 しがたいです。どうも、続けて訳される可能性は少ないと思います。
2007年12月11日
大庭武年探偵小説選2<>
大庭武年は寡作で夭折と思っていたので、2冊で出版されたのは予想外でした。ただ1冊目は、色々な雑誌・アンソロジー で紹介された作品が多く、未読は1作のみで購入しませんでした。2冊目が本短編集です。ページ数も少なく、エッセイも 含むのでぎりぎり1冊に思います。内容的にもミステリ要素が強いものは少なく、期待はずれと思います。 やや薄い2冊ですので、少し厚めの1冊にするべきだったと思います。特にこの2集を読むと、この作者のミステリ のイメージが全く感じられないので、紹介する事に意味があるのか、作者にとって逆に不幸なのか考えてしまいます。
2007年12月11日
苦いオードブル<レックス・スタウト>
スタウト=ネロ・ウルフのイメージがしばらく前はありましたが、最近は新訳もなくややオールドファン的になって いるかもしれません。最近、ウルフ以外の探偵役の作品が訳されるようになりました。カーのような例外は除くと 複数の探偵役はかなり異なるイメージに描かれるようです。本作のフォックスも同様ですし、他の作品の探偵役も 同様のようです。本作には、もうひとりの新米女探偵が登場しますが、これはストーリーを混乱させる役です。 フォックスは行動する探偵で、ストーリーも全く異なりますが、サスペンス色が増えていますが、全体的には地味と いえるでしょう。窮地の女性を救うという何かありそうで、・・・、結局はよくある展開といえるでしょう。
2007年12月19日
九人と死で十人だ<カーター・ディクスン>
あまりにも有名な作者・作品なので見過ごされがちですが、本著のカバーの説明は実は問題があります。大戦中に 大西洋を航海する船での事件ですが途中まで乗客の1人が登場しません。しばしば使用される手法ですし、登場人物一覧 にも省かれています。作者・訳者には必要な設定ですが、カバー文でつぶしてしまいました。という訳で「HM」の登場です。 メインとなる指紋のトリックは手品風好みの作者ならではと思いますが、話の展開で動機や発見を阻止しようとする犯人の 行動で容疑者が絞られてゆく過程はミステリの醍醐味です。不可能犯罪を拡大してゆく手法は作者の得意とする所です。
2007年12月19日
女王国の城<有栖川有栖>
初長編の「月光ゲーム」からの3長編で登場する学生の有栖川有栖と英都大学ミステリ研、そして探偵役の江神二郎は ファンも多く、学生故に5作で終わることは早くから言われていました。しかし、3作目の「双頭の悪魔」から15年も かかって4作目が発表されるとは思っていませんでした。そして5作目はいつになるのでしょう。このシリーズはなんらかで 外部から隔離された状態で起きる事件を論理的に解決する所に醍醐味があります。そしてメンバー間の推理ゲーム的な 部分の存在も有効です。そして本作は、「外部と隔離」が前3作と異なる意味がある事が大きな工夫でしょう。個人的には 長すぎると思いますが、謎が時間の要素を含むのでそれを小説中に自然に埋め込むために必要だったと甘めに解釈しましょう。
2007年12月19日
ポジオリ教授の事件簿<T.S.ストブリング>
名探偵は不死身である事はシャーロック・ホームズですでに明らかです。ポジオリ教授もまた、第1短編集「カリブ 諸島の手がかり」の最終作の名高い「ベナレスへの道」で死亡していますが、第2集で特に説明も無く復活します。 本著では探偵としても有名になった教授が活躍すると同時に語り手が書く事件を求めてつきまといます。多くのミステリ と同じ手法です。従って、平均的なミステリの内容の作品も多くありますが、かなり異色の内容の作品も混ざっています。 そして、何故か異色が本来の姿で、平均的作品が不純物のようにこの作者に関しては感じます。
2007年12月26日
三人のゴーストハンター<我孫子武丸・田中啓文・牧野修>
「かまいたちの夜」というゲームソフトの原作を書いたチームがリレー連載した短編がつながって長編になる作品です。 怪異現象専門の警備会社に所属することなる個性の3人をそれぞれが担当してリレーしてゆきます。作者の好みの人物設定 なのでしょう。最後は謎がつながって結末になるのですが、最終話のみは3人が別の結末を書いています。そして、イエス・ ノー方式で設問に答えてゆくと、あなたはどの結末を読んで下さいとなります。実際は、3話とも読みますが・・。まあ、 説明しにくい話です。怪異ともスプラッタとも言える話が多くて、伏線があっても読みとばします。
2007年12月26日
訣別の弔鐘<ション・ウエルカム>
長編は日本初紹介との事です。イギリスの冒険小説・スパイ小説・スリラー・サスペンスを合わせて割った感じだと のことです。個人的には、ヒギンズ・フォレットくらいしかこのジャンルは読んでいないので、良く分かりません。既読の 2作家の手法は新しいとも新時代ともいわれていますので、比較すると単純となってしまいます。ただ、古くは本作の ようなロールプレイ式の手法が一般だったと思えるのです。ストーリーがある程度は予測される事はあまり問題ではない と思いますが、主人公の思いのみが全面にでるのは現在の類似ジャンルからするとやや不満です。逆に、いかに発展した ジャンルかを再認識出来ます。
2007年12月26日
忌品<太田正司>
ホラー短編集です。スプラッタではなく、古くは怪談と呼ばれた内容に近いです。幻想小説にも近いとも言えます。 特殊な設定はなく、日常に巡り会うある品物を小説の主人公にしてそれに関わる事による出来事をホラー風に展開して ゆきます。トリックものにする事も可能な作品もあるのではないかと思います、クリスティがホラーとクライムノベルを 1冊の短編集にしてミステリ的解決のある話の効果をあげた事があります。本集は、その手法はとらずにストレートに にホラーでまとめています。最終話のみが、本書での書き下ろしですが、長い年月で書き継いだ作品群をまとめ上げる この作者の得意とする構成を取り効果を上げています。
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2007/12に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。