推理小説読書日記(2007/11)
2007年11月05日
朝顔はまだ咲かない<柴田よしき>
デビュー以来、色々なジャンル・異なる傾向の作品をそれも多数発表し続けている作者です。本作は連作集ですが 副題を「小夏と秋の絵日記」となっている青春ライト・ミステリです。主人公の鏡田小夏は高校の時からの、ひきこもり の少女、そしてその相方はなぜか不登校になったときに心配してくれた宮前秋です。秋は、普通というかむしろ行動派 の少女です。この二人が巡り会った事件というか謎、そしてそこで知り合う人を中心に話は進みます。知人ができると 言うことは、ひきこもりもやや直るきっかけともいえます。そして、小夏の母親(父は早くに亡くなっています)の結婚 を機会に小夏と秋は一緒に暮らす事になり、小夏もフリーターとして働きはじめます。
2007年11月05日
離れた家<山沢晴雄>
天城一の作品集を3年連続で出した出版社からでた、難解派本格ミステリの作者の実にデビュー以来の待望の作品集 です。山沢作品の本格度や作品の質は高く、故鮎川哲也を中心とするアンソロジーの常連でした。従って、もし読者が アンソロジーのファンならば、古い雑誌の読者でなかっても読んだ作品は含まれていると思います。作品は掌編から 表題の中編の「離れた家」まで多彩です。必ずしも本格ばかりでない事もわかるでしょう。「離れた家」はアンソロジー 「硝子の家」に掲載されて一躍有名になりましたので既読者も多いと思います。ただし精巧な内容は、再読に耐えます。 山沢作品は他にもありますし、同人誌に発表した長編もあります。続編を期待します。
2007年11月05日
キラー・エックス<クイーン兄弟(二階堂黎人・黒田研二)>
複数の作家の協作や、共同ハウスネームの連作はかなり昔から書かれています。個人的には利点もありますが、 ミステリ的には欠点もあると思っています。ミスや細部を練りやすいが、個性が出しにくいというのがその理由です。 二階堂黎人は複数の協同執筆作品があり、これに積極的といえるでしょう。元々は、本格ミステリは遊びの要素が 多いのでこれも一つの形でしょう。本格と実験作は結構深い関係にありますが、本作もそのひとつでしょうか。個人 的には小説の構成で、謎を深くする手法は嫌いですが、確かに読者を迷わす謎になると思います。
2007年11月13日
異界<鳥飼否宇>
異色作しか書かない作家の、やや普通の作品です。基本は本格の構造を持っていますが、そこに解決しない謎を 放り込んで突き放して終わってしまうというのが一番中核の話です。この部分の探偵役で中心人物は南方熊楠です。 熊楠の登場の必然性は他の歴史上の人物が登場する多くの作品と同様に必然性はありません。ただ作者自身が動物や植物 に深い興味を持つことから、熊楠という人物は一度は書きたい気持ちがあったのでしょう。小説としては、背景と熊楠の 時代と彼の一歩進んだ知識が有効に利用されています。この内部小説中では熊楠の弟子で60年後にその話を語る福田太一 も主要人物であるが奇妙な話を軟着陸させるのに使われている感じがします。作中に熊楠のイギリス時代の友人が登場 します。普通はホームズ・ガリバー・チャップリンが定番ですが、作者はミステリ的に影響の強い人物名をあげています。
2007年11月13日
ホテルジューシー<坂木司>
寡作と思っていたら2007年は3冊出版の予定らしいですが、本作は2冊目です。雑誌連載の短編を集めたもの ですので驚くことはないかもしれません。作風はいつもの日常の謎派要素がありますが、ミステリの枠をはずれている 作品も多くなっています。主人公の柿沼浩美は、「シンデレラテイース」の友人でそれぞれの夏休みのアルバイトの話 との設定です。主人公はしっかりものですが、沖縄のホテルのアルバイトをえらんだら、巡り会ったのが一風変わった 人物や客がいるところでした。薄味のミステリを含む青春小説ですが、ミステリにこだわらなければおもしろい作品 です。
2007年11月13日
法月綸太郎の本格ミステリー・アンソロジー<>
有栖川有栖・北村薫に続くアンソロジーシリーズですが、やや異なった選題になっています。これは読んでいない でしょうと言う作品集ではありません。そして、本格ミステリといえる作品ばかりを集めた作品集でもありません。 本格ミステリ作家の編者の好きな作品を集めた作品集と本人も書いています。全体を4章にわけていますが、2と3 の作品が本格度も強くおもしろいと感じます。アンソロジーは編者の個性で決まるので、これはこれで良いとおもい ます。
2007年11月19日
遊戯<藤原伊織>
本年、亡くなった作者です。その事もあり寡作ながら本年は3冊出版されています。これはその中の1冊です。 「遊戯」からはじまる短編5作と、「オルゴール」という独立した作品からなる短編集です。ただし、「遊戯」は 発表は独立した短編であっても実質は、連載長編に近い内容になっています。作者の死によって断絶しましたので 長編がまだ中盤で中絶した感じがします。全く無関係だった男女が知り合い、それぞれが環境の変化のなかで微妙な 接点を持ちながら話が進みはじめたところで中断です。これから盛り上がる予感と、伏線的な設定がつかわれないままに 中断はいかにも惜しいです。
2007年11月19日
虚空から現れた死<クレイトン・ロースン>
海外の作者の多くが別名義を持っている事は、もはや知られ渡っています。本書は、ロースンがスチュアート・タウン 名義で発表した中の2中編からなります。当然主人公も異なりますが奇術師探偵である事は同じです。不可能犯罪物 ですが、中編に長編にできる素材を詰め込んだ感じがします。濃い内容ともいえますが、やや余裕がなさすぎるようにも 思います。作品がないと思っていた作者の別名義の作品が登場するのは、ひとつの楽しみともいえます。
2007年11月19日
サクリファイス<近藤史恵>
昨年は発表作が少なかった作者ですが、本年は3冊目です。まだ予定があるようです。短編集が主体ですが、本作は 書き下ろしの長編です。自転車ロードレースという、珍しい背景を描いています。チーム競技の自転車競技は日本では なじみが少ないので、その独特の戦略や役割分担はそれだけで面白い内容です。チームの中には色々な性格の選手が おり、他人から恨みをかっている人物もいます。その人物に対する復讐が意外な背景と行動から二転三転の展開で解決 に向かいます。ミステリー要素を支えるだけの人物描写があるかどうかでフェアかどうかが分かれる部分もありますが 強弱の判断は難しいが、伏線は張られておりミステリとしてもまずまずと個人的には思います。
2007年11月26日
狂人の部屋<ポール・アルテ>
盛んに「フランスのカー」との表示を見かけます。確かに影響は受けていますが、内容的には首をかしげる部分が あります。初紹介の時は、意表の登場でありあまり気にしませんでしたが、紹介が進むとかなり異なる事に気づきます。 怪奇・恐怖・伝説趣味趣向を背景にするところは似ています。カーは文字通り背景として使用していますが、本作者は もっと深く動機的な中心部まで使用しているようです。これでは、本格ミステリというよりもスリラーに近いです。本格 ミステリ的要素の部分でもトリック的に弱く、必ずしも論理的解決ともいえない部分が目立ちます。結局は作風が異なる のだと思います。作者にとっては勝手にレッテルを貼られるのは迷惑でしょうが、本格指向の私にはやや好みからはずれる 所があります。
2007年11月26日
怪盗ゴダールの冒険<フレドリック・アンダースン>
最近は大人向けのミステリでは少なくなっていますが、いわゆる「悪党物(悪漢小説)」はかなり多く書かれています。 怪盗二十面相・ルパン・聖者・地下鉄サムをはじめ大きなジャンルを作っています。この種の作品は、ストーリー展開や 不可能に思える事の実現方法が主体になっています。従って、落ちのある小説・ドンデン返しのある小説的な要素が強い です。論理性という面では回答がのひとつを示す事になり必然性はないと言えます。現代でやや下火になっているのは 論理的必然性の弱さが原因と思います。
2007年11月26日
看護婦への墓碑銘<アン・ホッキング>
初紹介の本格ミステリとの表示があります。前半が倒叙的な進行になり、事件が起きてから探偵役のオーステンが 登場して(初紹介なので解説による)地味に捜査が進みます。構成をいかしたトリックもあり個人的には好きなタイプ の作品ですが、この種の作者は多数の作品を読むことで正しく評価できます。現在の日本の翻訳事情からは、2冊目 以降の訳がでるかどうかも不明であり、なかなか表にでてこれない作者のひとりといえるでしょう。
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2007/11に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。