推理小説読書日記(2007/09)
2007年9月05日
マンアライブ<チェスタトン>
長編か中編かという長さで、しかも2部構成の第1部はミステリ的に必要かどうかという感じがします。原文 でも難解といわれるこの作者の作品ですが、意訳するか・注釈を多くするか・あるていど読みやすさを犠牲にして 原文に忠実に訳すかたぶん訳者を悩ますのでしょう。同じ作品でも訳者でかなり印象が異なります。本訳は、最後の 方法で題名自体が原作通りの意味が重なった不明のものです。はじめはとりつきにくい面もありますが、慣れるとかえって 読みやすくなります。原文が難解な作品は無理に意訳しないそうが良いのではないかと感じました。内容はいわずと しれた逆説ものです。
2007年9月05日
三人目の幽霊<大倉崇裕>
牧編集長と間宮緑の「季刊落語」編集部コンビの短編集です。落語が直接のテーマの作品と、それ以外が混ざって います。1人称ではないが、形は伝統的なワトソン&ホームズのスタイルです。題材的に、軽い謎もありますが 日常の謎派とは異なり、日常的なテーマの本格ミステリです。トリックの派手さや大がかりさに寄らずに、ストーリー と論理的な謎の解明に主眼を置いた堅実な作品群です。落語というテーマのしばりに拘らなければ多くの作品が書ける と思います。テーマに拘ると晩年の戸板康二のように、ミステリから離れてゆく可能性がやや心配です。ただ、この 作者は既に複数のシリーズを持っているので使い分けてゆくでしょう。
2007年9月05日
白犬の柩<垂水堅二郎>
昭和38年の作品です。作者はその後に芳野昌之と名前を変えています。従って初期の作品です。社会派全盛 の頃ですが、その影響は比較的にすくないと思います。白犬製菓のトレードマークの白犬の誘拐から始まって、 どんどんエスカレートしてゆく展開や次々登場する怪しい人物、そして凝った構成の結末と工夫は多く見られます。 反面、やや整理不足の面もあります。ストーリーの強引な急展開と複数の謎の盛り込みが完全に、こなれていない のではないかと感じます。ただこの時代の単調な作品が多い中では、収穫は多い作品と思います。
2007年9月11日
狼男卿の秘密<フイルポッツ>
謎解きミステリではありませんが、どのようなジャンルかと聞かれると悩む作品です。怪奇小説の叢書の1冊ですが その一面はありますがすべてそこに、収める作品ではありません。あえていえば、犯罪小説でしょうか。家と血統と から生まれる伝説を利用した犯罪計画という意味ですが、ただちょっと異次元的な雰囲気になります。そして、過去の 歴史については作るものでも、解き明かされるものでもありません。どこまで計画できるかとなると、怪奇小説の部分 が登場せざるをえません。如何にもヨーロッパ風の背景と事件といえます。
2007年9月11日
疑惑の霧<ブランド>
ロンドンの霧は深い。見たことはないが深い。イメージする事は難しいが、本作はそれが背景になっており謎の 要素にもなっています。一寸先も見えない霧、状況は理解できるでしょうか。霧の夜の殺人事件、その状況でのアリバイ はどの状況で成立するのでしょうか。死体さえも近くにあっても気がつかない状況です。コックリル警部が捜査し、 イギリスでは珍しくない法廷場面に持ち込まれます。自白とアリバイという物的証拠のない事件は、不安定な展開 をみせ、サスペンス色が濃い内容になっています。
2007年9月11日
ミステリ・オペラ<山田正紀>
満州の奥地に「宿命城」があったという伝説があります。それは古い歴史を持った城です。ただ実在するのか どうか?。昭和初期の日本が満州を治めていた時に、そこでオペラ「魔笛」を行う話があったと言われています。 そしてその場で、何かの事件が起きたと言われています。「赤死館殺人事件」を書いた「小城魚太郎」はそこ を題材に「宿命城殺人事件」を書き始めたが発禁になったとも書かなかったとも完成させたとも言われています。 良一はオペラの関係者として宿命城を訪れるとともにその謎も調べていたとも言われます。時代は変わって1989 年、萩原桐子は良一の手記らしきものを入手しますが、その内容は「宿命城殺人事件」。現代、過去そしてパラレル ワールドが重なり、人間関係と同一人物の特定が困難ななかで進む、謎が謎をよぶ整理不可能の大作です。読者が 複雑に切り替わる時代と手記の世界を整理できないままに、次々と謎と部分的解明が続きます。いったい何がゆきつく 結末か、作者以外に分かる人はいるのでしょうか。
2007年9月17日
ぐるぐる猿と歌う鳥<加納朋子>
ミステリーランド第13回配本、最初の勢いはどこかに消えましたが地味に出版されています。作者自身の転校体験と その先で長く住んだ小倉が舞台となっています。作者はうる覚えという方言が効果的に使われています。親の転勤で転校 した小倉はの社宅の似た家が並んだ奇妙な光景です。学校では、妙なグループがあちこちにあり、極め付けは学校に行かないで 色々な家を渉り歩いている正体不明の子供。その中で、3つの短編とも1つの長編とも読めるストーリーが展開します。 ちょっと変わった子供達による、子供風の事件と解決が展開します。そう標準語といっても、東京弁なのですよ。
2007年9月17日
血染めのエッグ・コージイ事件<ジェームズ・アンダーソン>
1975年に書かれた作品とは思えない、まるで1930年頃と同じ雰囲気と構成です。最初に出たときは無視されて 再刊になるそうです。まあ、出版も多いから・・・ではなく、日本のいわゆる評論家のレベルに問題があったのでしょう。 読まれやすい作品ばかり話題になるのは、ミステリ界では不幸なことです。今ではお馴染みの、イギリスのお屋敷で起きる 連続殺人は宝石盗難事件と関係があるのか。いかにもそれらしい、展開が起きるスタートです。でも、「エッグ・コージイ」 は知っていますか?。私は知らないよ困ったよ。
2007年9月17日
エンド・クレジットに最適な夏<福田栄一>
初読の作者ですが、巧みなストーリー展開が印象的でちょっと追っかけてみたい作者です。外観上は青春小説風に はじまります。しかし、主人公の貧乏大学生がアルバイト風に頼まれたストーカーの事件に、複数の色々な事件と依頼 が絡んで完全に混乱状態になります。そこを論理と推理と行動で、順番に解決してゆきます。主人公の設定を気にし なければ完全なハードボイルドの世界です。それも最先端の、関係があったりなかったりの複数事件を併行して 進めながら全て解決に導きます。よほどの構成設定能力と、ストーリー展開力があると感じました。素直に、ハード ボイルドミステリの醍醐味にはまりこんで良いのではないかと思います。
2007年9月23日
龍の道殺人事件<金久保茂樹>
本著者のトラベルミステリーの第1作目です。フォトグライターの夏樹優一郎が主人公ですが、通常はアシスタントの 女性が登場します。本作では、女性編集者の沢田有華が登場しますが、関係はというと有華が元締めで夏樹が使い走り的に なっており一風異なります。事件は大船度線でのアリバイと、東北新幹線と成田エクスプレスでのアリバイ崩しになります。 素人探偵で頼りないといおうか、謎は易しいが探偵役がなかなか気がつかない構成になっています。勿論、手がかりを含めて ですので小説的な間延びではありませんが、ややサプライズに欠けます。
2007年9月23日
痙攣的<鳥飼否宇>
マッド・サイエンスをまじめに本格ミステリ的に書く人がいるとは思いませんでした。ジャンルも多彩ですがどれも異常な 世界です。これを作者は力技というか、強引論理?で押さえ込んでしまいます。ストーリー全体が同じ雰囲気ですので、 騙されたと怒る人はいないでしょうが、全て納得する人もいないでしょう。いやいるかもしれません、しかしそれはどこか 怖いです。作者の知識と、発想力とストーリー力は異常に高いと感じました。私が理系ですので、細かい所までの拘りに気が ついてしまい、通常以上に感心してしまうのかもしれません。やや危険な状況だと認識しています。
2007年9月23日
ふたつめの月<近藤史恵>
「賢者はベンチで思索する」の続編です。主人公の久里子自身の謎と、その恋の行方が一つの柱です。そこに別の 事件が絡みます。結局は3つの謎の展開が重なって進みます。日常の謎派やソフトミステリーでは、謎の部分以外の 所が謎以外のストーリーやキャラクターで読ませる展開をとります。それに対しても謎の要素または心理的な見えない 展開を取り入れています。主人公以外の謎もソフトなので、純本格ではありませんが小説全体がバランスよく謎的な 要素や展開の興味(サスペンスとは異なるますが)を含んでいるので、ソフトミステリの中では重厚な構成に感じます。 最近、謎の部分の希薄化が多い中で逆を行く構成は注目です。
2007年9月29日
ジャンピング・ジェニイ<アントニイ・バークレイ>
名探偵捜しのミステリも増えましたが、シリーズ探偵がその話しではどのような役目を果たすのかが謎である ミステリがはるか昔の黄金期から存在していた事は驚きです。そして、探偵役自身が自分の果たした役目を理解して いない状況も皮肉な設定です。どの作品は犯人が当たっていて、どれは外れていたとの話題は異様な雰囲気をもたらします。 ミステリ故に、本作はどちらかは明らかにできませんが、探偵役が偽証のために走りまわるのは滑稽です。犯罪者の仮装 をしたパーティはストリーの趣向と思っていたら、・・・。油断のならない作者です。
2007年9月29日
山本禾太郎探偵小説選2<>
ドキュメント風の作風と幻想的な作風を持つと書かれた紹介が多い作者です。2冊の短編集を読むと、後者は非常に 少なく、ほとんどが前者の傾向が強い事を感じました。書類や書簡、裁判記録で書かれた「窓」と同じ手法がたびたび 使用されています。小説的には面白みがなく、趣向的な意味合いが大きいと思います。それが度々使用されると小説かどうか 疑問視させしてしまいます。アンソロジーに取られる作品が限られていた理由が分かった気がします。時代的に本格ミステリ は望むべきもありませんが、小説と言えるものも多くないと感じました。
2007年9月29日
神話の島<久網さざれ>
初読の作者は、作風がわからないので期待と不安が絡み合います。高校生の主人公が妹を捜しに、謎と伝説に満ちた 住人も少なく、本土や近隣との連絡も容易でない島に行きます。閉ざされた島の閉ざされた風習と伝説、そこに時々 紛れ込む外の人間がどうなったかの謎が満ちています。そして、電話や船の利用が出来なくなり連続?殺人が始まり ます。ここで既読の作者ならば、展開や収束が作風から予想・期待できますが、今回は予想ができません。閉ざされた 島に集まるのはよそものであっても、全くの無関係者は少ないであろう事は予想できますので、幾分強引な展開も無理 とは言えません。むしろ独自の風習の中ではまともな人の集団である事が意外性があります
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2007/09に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。