推理小説読書日記(2007/08)
2007年8月06日
ネジ式ザゼツキー<島田荘司>
超長編です。スウェーデンで脳医師になっている御手洗がほとんど安楽椅子探偵状態で、記憶を失った男 の書いた奇妙な物語と過去の謎を解き明かします。小説中の小説があるとはいえ、この長さはこの作者ならでは の構成です。内容自体も、異常・謎・不可解なもので不足した手がかりを捜す行動さえ困難です。地球規模の 離れた地域からの情報収集と、謎を解明するそれも記憶を失った男のためにという理由は、御手洗のきまぐれでは なく信念を感じさせます。一見、SFか幻想かホラーを思わせる内容の書かれた小説が、実際に有った事を書いたもの と解明してゆく過程は本作者の独断上です。
2007年8月06日
エンドコールメッセージ<山之内正文>
純粋の短編集で、個別の多彩な作品が4編掲載されています。ほれぞれが、個性と完成度をもっているので まだ作品集の少ない作者の本質がどれにあるのかを、予想するのは困難です。作品は凝った内容を、幾分ありふれた ストーリーに組み込んだものが多いです。従って、日常の謎的にはじまり、しだいに本格的な謎に展開して ゆきます。気がつけば、入り易く奥行きが深い作品と気づきます。この面では、ひとつのスタイルを持っている と言えます。作者の書きやすさと読者の好みがしだいに、どこかに収斂するかもしれません。
2007年8月06日
悪魔のひじの家<ジョン・ディクスン・カー>
海外本格ミステリ翻訳ブームに紹介された、作品のひとつです。作家生活後半は、歴史ものが増えた作者 ですが、その中にも少数のいわゆる黄金時代のスタイルの作品があります。本作もそのひとつです。 従って、あくまでも密室中心の重厚な謎をフェル博士が捜査するスタイルが取られています。作風が変わった 時期の作品でも、往年の切れ味は残っている事をしめした内容になっています。作風の変化は、量産の限界か 作者の興味の変化かの判断を迷わす作品です。
2007年8月12日
窓のあちら側<新井素子>
「短編集未収録作品3題を加えた全9編の自選作品集」です。3題とは、「眠い、ねむうい由紀子」「影絵 の街にて」「大きなくすの木の下で」です。現在最終収録の著作リストもついています。ほとんどが文庫になって います。本作者は私にとっては、リアルタイム読書作家ですので主な作品は読んでいるのですが、流石にまだ未読 は沢山あります。代表作3作に、最近復刊された「季節のお話」から3作となっています。今は色々な文体や作風の 人が増えましたが、登場したときの印象は相当なものでした。そしてそれは、現在でもまだまだ生きています。作られた ものでない元々の個性として。
2007年8月12日
日没の航跡<久能啓二>
昭和37年の作品です。社会派が主体の時代ですので、内容もそのような分野です。題名とあわない様ですが 舞台が造船業で、ある登場人物あるいはある企業が日没を迎える事をあらわした二重の暗示的な題名です。 この頃の社会派推理は、本格よりもサスペンス味が強く現代の企業情報小説と比較するとどうしても見劣りがします。 まだ生まれたばかりの分野で、新しく参入した作品が多く、むしろ技術的・ストーリー的な発展の歴史的な 意味合いが大きいと感じます。
2007年8月12日
毒杯の囀り<ポール・ドハティー>
まだ新しい作者です。舞台は中世で主人公は修道士です。既に複数作品が同一主人公のシリーズとして 発表されています。そして、意外と少ないのですがシリーズ最初の作品から訳されています。読者としては これが希望なのですが、一部紹介として途中の1作のも訳されることが多いのが実状です。歴史小説として 舞台設定されていますが、いうまでもなく科学捜査がないので書きやすい面もあります。登場する音のする通路 は英国建築にはなく、日本の鶯貼りからヒントを得たという所も興味があります。
2007年8月18日
モップの魔女は呪文を知っている<近藤史恵>
キリコちゃんシリーズも回を重ねています。最初は1冊完結の予定だったようですが、人気に答えて続編が登場 し続けています。今までは一定のスタイルを持った連作集でした。異なる主人公がキリコと出会い、そして困った 事件や謎を解決してもらいます。夜間の掃除人は一種の「見えない人」的存在で、実際に関わるのは少数の人間に なります。本集は4作からなります。今までと若干異なる部分があります。最初の2編は従来のスタイルで書かれて います。3作目は「enovels」に掲載された中編でスタイルは同じですがかなり本格度が高くなっています。最後の 4作目はいわゆるコロンボのスタイルです。犯行を犯した犯人が突然にキリコに出会います。「いつ私があやしいと おもったのですか」「始めて会った時です」。
2007年8月18日
検屍裁判<パーシバル・ワイルド>
昭和31年の黒沼健の訳です。『「インクエスト」は日本にはない制度で正しくは「検屍陪審裁判」である。』 確かに裁判制度の違いは、欧米のミステリを読む場合に障害になる場合が多いです。日本人には、検屍裁判の有効性 は理解できないし、まして陪審員が専門家以上の判断を出来るとも考えにくいです。事件性の有無の判断のもでも 良いのですが、証言内容等でそれ以上の結果が現れる事もあるという内容です。これって、捜査というよりも単なる 幸運でしょうか。
2007年8月18日
ワーキング・ホリデー<坂木司>
日常の謎派の作者ですが、本書はもうミステリと呼べる内容ではないと思います。ホスト出身の宅配便の配達人 と、突然あらわれた自称子供の1夏の生活がはじまります。頼りない親としっかり者の子供の色々な出来事が描かれ ます。最後に電話で登場する、子供の母親と主人公は出会いそして・・・でしょうか。どうやら、続編に持ち越し のようです。でも帯についている複数の本の合わせ技?応募券があるいは最大の謎でしょう。
2007年8月24日
金蝿<エドモンド・クリスピン>
作者初期の作品との事ですが、登場探偵を含めこの作者の雰囲気はでています。というよりどこか掴みにくい 作風が特徴に感じます。演劇が題材で、女優が密室風の状況で殺されるといういかにもというストーリーです。 ある程度の閉鎖空間で科学捜査とは切り離されているので、やや古典的なトリックと解明論理がゆっくりと展開されて ゆきます。従って解決の小説風の内容になります。復刊で読みましたが、本国の出版と翻訳の時期が近いので、まだ 作者の全体像が不明状況での訳とおもいます。
2007年8月24日
炎まつり殺人事件<斎籐澪>
横溝賞作家で、本格要素と過去の怨念やら復讐やらも登場する広義のサスペンス色も含むミステリです。本作は 舞台が複数の日本各地に散らばっており、今で言うトラベルミステリ的な要素もあります。従って題名の炎まつりが 登場するのもかなり後になります。鞍馬の炎まつりは、京都の奇祭のひとつで表の三代祭りとは異なる雰囲気があります。 この裏の舞台でのサスペンス的な展開は、本格ミステリと並ぶこの作者の大きな特徴となっています。
2007年8月24日
銀の仮面<ピュー・ウオルポール>
奇妙な味の作品として知られている表題作品は広くしられていますが、それ以外はなじみのない作者です。それは 私には、ミステリとは離れた作品に感じます。最近は、このような作品も多く出版されており好まれる人も多いよう です。ストーリーも結末も掴みところのない、ぼやとした作品群はたしかに奇妙な作品といえるでしょうが、私の好み とは全く異なるので多くは語らないほうが良いでしょう。国書刊行会のシリーズは巻末の資料が充実しておりそれも 意味があるといえますが、本書はその部分が全く内容が乏しく本書の訳文の部分の足を引っ張っている感じがします。
2007年8月30日
激走福岡国際マラソン<鳥飼否宇>
マラソンのスタートからゴール100mm手前までを、カットバックを含みながら描いてゆきます。視点は複数で かなり謎めいた設定の人物も登場します。登場人物のそれぞれの目的や思惑が微妙に絡み合って、作者の本来一番 隠したい謎を明確にさせません。かなり偶然の要素もまじり、計画性自体がはっきり浮かびあがりません。マラソンが 進行するにつれ事件が起こり、状況が変化してゆきます。作者は無理に隠そうとしないので、ほとんどの読者にはある 時点でメインの謎がわかると思います。それが早く設定しすぎたかどうかは微妙ですが、題材の特殊性は生かせていると 思います。
2007年8月30日
山本禾太郎探偵小説選1<山本禾太郎>
戦前・大正の作者は、作品の資料性の高さと作品内容の乏しさ・あるいは古めかしさとのバランスが微妙です。 その結果、読者層が限られてしまいます。夢野久作と同時に懸賞佳作で出発したこの作者も同様に作品が紹介される 事は少ないです。長編の「小笛事件」と短編の「窓」「抱茗荷の説」ぐらいが目につくでしょう。比較的に幅の広い 題材を扱った作者ですが、この作品集では題材ではなく発表順に短編集があまれています。上巻にあたる本集では 「窓」と同様な事件記録的な手法の作品が目立ちます。
2007年8月30日
ラ・ロンド<服部まゆみ>
この作者の久しぶりの短編集は、ミステリではなく「恋愛小説」とされています。そして、作者の死により生前の 最後の本になりました。雑誌発表の2編が、書きおろしの最後の3作目で統合されるイメージがあります。演劇をモチーフ にした作品は、ミステリや幻想小説の手法がかなり取り込まれて生かされています。謎という見方はしにくいので 恋愛小説としたのでしょうが、がちがちの本格ファン以外ならばミステリファンでも楽しめます。人と人との恋愛は 異なる視点で描けば、自然に人間の持つ謎となります。
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2007/08に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。