推理小説読書日記(2007/07)
2007年7月02日
スノーバウンド@札幌連続殺人<平石貴樹>
大学教授の余技のためか、忘れかけた頃に作品を発表する作者です。ただ本格ミステリがほとんどで なかなか見逃せない作者です。15年前の誘拐・殺人事件を記述者から見るのが外殻で、その内側に事件の 関係者が順番に、自身が関わった内容をリレー式に記述した手記の集まりが内側にあります。事件の関係者 の手記というと色々と思い浮かべる事がありますが、これは最後(15年後)に明らかになります。探偵役の 車椅子の弁護士の山崎千鶴は真相を解いたようだが、それを空かす事無く終えた。その理由も15年後に 明らかになります。
2007年7月02日
おしゃべり雀の殺人<ダーウィン・ティーレット>
雀がしゃべったという不可解さを出発として、同時に見つかった溝の中の死体が物語のミステリ部分を 構成します。そして小説の舞台とストーリーを受け持つのが、ナチス台頭期のドイツを舞台にしている事 です。戦時中やナチスを背景にした作品は多くあります、しかし本作はリアルタイムに当時の描写を行って いるという特徴があります。作者自身がその中で現実と将来やってくるだろう不安を書くことで作品全体に スパイ小説のような強いサスペンスの雰囲気が漂います。別に予言書ではないのだが、リアルタイムに書かれた 作品の強みが全面に漂います。
2007年7月02日
久山秀子探偵小説選4<久山秀子>
隼お秀シリーズを中心にあまれた作品集が、未発表原稿の多数の発見で4巻にまで増えました。ただ、 資料的に初出掲載を行っているので、ミステリ味は次第に希薄になり、全く存在しない作品も多数含まれる 事になりました。探偵小説選の題名とはかなり異なります。論創国内シリーズは作者的には珍しい作者が 多いのだが、選題・資料的追求にかなりいいかげんな面が多くみられ非常に中途半端で残念に感じます。 ただ久山秀子については、逆に資料的価値を重視した結果となりました。
2007年7月06日
横須賀・新潟、報復の殺人ルート<金久保茂樹>
シリーズものの1冊ですが、内容的にはトラベルミステリとは離れたトリックものと言えます。探偵役が やや頼りなく、しかも無理にトラベルを行う設定のため短い作品ながら、なお間延びした印象があります。 制約がなければ、よりトリックを生かせたように感じます。困った時の頼み用の人物も設定してあり、実質は 表面的な探偵役と異なる所で解決する印象もあります。プロ作家は色々な制約の下で書かざるをえなく、 結果的に最善の内容に出来ない事もある事を示した感もありますが、まずまずの謎濃度を維持しているので 期待がもてます。
2007年7月06日
最上階の殺人<アントニイ・バークリー>
1時期連続してこの作者の作品が紹介されました。紹介がおくれたのは、不幸ですが、翻訳レベルが向上 してから訳された事は幸運と言えます。中期の作品群まで紹介が進むと、作者の全体像が見えてきます。 そして、ますます一言でとらえる事ができない、複雑な作品群を書いた作者との印象が強くなります。そもそも 名探偵とは何かという課題を、この時代に既に提示していた事に驚きます。また、わざと先行例のあるパターンを いくつか用いていそうに見せて、実際は作者の思うままに読者を惑わす手法も、既に存在した事に驚きます。 読者のミステリ度をチェックするような作品です。
2007年7月06日
クライマーズ・ハイ<横山秀夫>
警察小説のイメージのある作者ですが、新聞記者の世界もそれ以上に得意と予想されます。新聞と新聞 記者との関係、記事として表面に現れる前にどのような過程・思惑・葛藤があるのかは、当事者しか分からない 複雑な事情です。まさに人間的な思惑が支配する世界です。そこに投げ込まれた「現実の航空機墜落事故」 はたして、記者生活で何回遭遇するか分からない大きな事件は、記者たちも想像外の複雑な状況に追い込みます。 ある意味でやりなおしの出来ない極限状況におかれた人間の決断を、複数の横糸を絡めて描きます。これは ジャンル分けを拒む複雑な内容を含むミステリです
2007年7月13日
島崎警部のアリバイ事件簿<天城一>
天城一の第二作品集です。探偵役に島崎警部を用いた作品群ですが、題名のイメージとは異なり内容は 1:時刻表物、2:不可能犯罪物 に分かれています。必ずしもアリバイには拘った作品集ではありません。 このシリーズには、特徴的な登場人物がいます「Rルームの夫人」です。事件または、小説的に大きな展開を 行いたい時に登場して、一気に捜査を進めます。短編小説で説明的な部分を如何に省くかを模索しての手法と 思います。都合主義とも言えますが、逆の天城短編の凝縮度を高め作品の切れ味を鋭くしています。その結果 壮大なトリックも長い地道な捜査も小説上は省かれ、必要な部分のみが集まった、極めて個性的な作品群が 登場する事になりました。
2007年7月13日
間にあった殺人<エリザベス・フェラーズ>
作者初期の作品でしかも日本への紹介も1956年と古いです。現在の多様化したミステリ世界では特に 異様な作品ではありませんが、解説では読者はやや面食らうのではないかとされています。ストーリーも謎も その解明方法も結果も、確かにややあいまいでその面では悩まされるとも言えます。題名自体が、いまひとつ 意味が分かりません、特別な意味があるように思うのですが、どれとかは良くわかりません。犯行時間・証言の 信頼性などは今の感覚では、逆にありえないと思ってしまい見落とす所です。でも誰もが納得の終わりかたでは 無いと感じます。
2007年7月13日
ハルさん<藤野恵美>
北村薫登場以降に「日常の謎」派と呼ばれる本格ミステリグループが区分上で作られたと思えます。謎に種類は どれでも良いという考えかたです。殺人事件とその罪を逃れようとするトリックから生まれる謎とは種類が 異なるとの見方でしょう。しかし、謎の種類によって謎を解く人間の種類が異なれば、小説の読者には謎の深さは 事件上の謎の深さとは異なります。本作は、謎の深さからいえば非常に薄いものです。しかし、主人公の人形作家・ 春日部春彦ことハルさんにとっては、亡くなった奥さん・瑠璃子の幽霊に頼らなければならない程に厄介な謎となります。 その謎とは、男手ひとりで育てている娘の「ふうちゃん」こと風里に絡む謎・いや正確には「日常の悩み」です。 結婚式当日のはじめから花嫁を送り出すまでの間に、思い出す小さな事件?の連作集です。
2007年7月19日
歌う砂<ジョセフィン・テイ>
別題が「グラント警部最後の事件」だが、作者最後の作品だからで、原題にはないと思います。英国の警官は 退職してからも活躍するケースの作品が多いように感じます。本作もそうで、退職後にスコットランドに旅行 中に遭遇した事件を描きます。日本人には何となく東北か北海道のイメージですが、旅行先の風景はその感じ がします。登場する遺跡は当時は、空想だとの事も印象的です。退職警察官らしく、捜査も解決も登場人物との 特に女性とのやりとりもどこかのんびりとした雰囲気があります。謎の主体が、誌なので全体がそれにあわす 事で小説全体が調和したように思います。
2007年7月19日
魔術王事件<二階堂黎人>
二階堂蘭子シリーズですが、こういったシリーズではよくありますが探偵役がいつしか非常に有名になり 初期の作品とかなり違和感があります。それにまさしく巨編という長さです。本格ミステリで長い事は、メリット 少ないと思っていますが、最近は適度にまとまった作品の方が少数派かもしれません。この小説中の事件と併行 して別の事件が発生しておりその捜査終了後に、蘭子が登場する事になっています。その事件は現在は雑誌連載中 という妙な関係です。謎や犯人等は適度に本格的ですが、巨編でかつ完全に解決しない状況の事件とあっては、冒険 小説的な面も多く、やや古めかしい雰囲気を感じてしまいます。それが狙いかもしれませんが・・。
2007年7月19日
割れたひづめ<ヘレン・マクロイ>
初期は本格で、後期はサスペンスが強くなり色々な変格ミステリ作品が多くなるとされている作者です。本作は その後期の中の本格とされていますが、はたしてどうでしょうか。題名が幽霊的・霊的な意味を持つ事は知りません でした。それがモチーフになっており、純本格とは異なる内容です。精神分析医探偵の事件ともあいまって、複数の 要素が集まった作品といえるでしょう。同じ時期の作品が、サスペンス色を全面にだしているのと異なる所を、本格 ミステリとあえて言っているのでしょう。一途な作風でない作家が、複数の持ち味を作品に盛り込む事は何かを期待 した人以外には、むしろプラス的に読めばよいと思います。マクロイもまた、まだまだ紹介された作品の少ない作家 と感じます。その一部での読書では人それぞれのイメージを持つのも当然と思います。
2007年7月25日
砂の城の殺人<谷原秋桜子>
「激アルバイター美波シリーズ」の3作目の書きおろし長編です。廃墟の写真撮影のアルバイトで、人里はなれた 廃墟にいったら、あとば定番の展開が次々と起きます。なにしろ廃墟なので、まるで砂が崩れるように油断すると 崩壊する建物での事件は、いかにも怪しげな展開です。複数のレギュラーで2人だけだ登場かと思うと、突然全員 登場になります。そして、揃った所で名推理で解決となる筈ですが・・・。いわゆる多重解決的な、どんでん返し 手法で最後まで、引っ張ります。このシリーズはひょっとすると、海外へも舞台を移すかもしれない雰囲気があります。
2007年7月25日
議会に死体<ヘンリー・ウエイド>
議会が舞台ならば登場人物も、それなりの立場の人になります。そこで事件が起きると、捜査する人が一杯になり ます。現地捜査官・警察署長・スコットランドヤードから呼ばれた捜査官(普通はメインのはずだが、何故呼ばれた か怪しい状況です。これは、探偵役探しも含まれたミステリでしょうか。背景や捜査陣の充実?の割には、謎は細部の 時間アリバイが主体の地味な内容ですが、ミステリ的には充分に伏線が貼られた満足?なものです。クライマックスが いくつかあるような、構成はいかにも本格ミステリです。そして最後に探偵役はだれでしょうか。内容のある作品で 素直に終わっても良いとも思いますが、なかなか素直ではないようです。
2007年7月25日
からくり灯籠五瓶劇場<芦辺拓>
時代小説ブームですが、ミステリでは時代小説よりも伝奇小説と呼ぶほうがしっくりする作品が多いです。本作 もそれにあたります。あまり、詳しくないのでどこまでが史実でどこからが作りものか分かりません。それないりの 有名な登場人物からは、全部作りものに見えます。部分的は、作者の歴史の謎の1解釈ととれる部分もありますが、 全体の文体とストーリーから戯作と取られても仕方がないでしょう。その結果、ほら話があつまった連作といえると 個人的には感じます。作者は時代小説集と言っていますが、信用する人はどれくらいでしょうか。謎がわかりにくい 事は本格では不思議でありませんが、ストーリーが分かりにくいのは読みにくくて疲れます。
2007年7月31日
ダーブレイの秘密<オースティン・フリーマン>
ソーンダイク博士の登場作品は、かなり好き嫌いがあるかもしれません。科学的推理と実証方法は、サプライズ よりも地味な内容になります。また、現代の様に科学捜査が普通になった時代では、個人の名探偵には登場の機会は 少ないと思います。それでも、全く異なる構成のホームズのライバルとして存在し続けています。ただ本作は、仮説の 実証手段として容疑者を罠に掛ける方法を選んでいるので、純粋な科学捜査のみとは言えないとは思います。ただこの 作者の作品は好きで、いわゆる「一世を風靡」とは異なる愛着が個人的にあります。
2007年7月31日
本格的<鳥飼否宇>
本人は「本格」と「バカミス」とは微妙なボーダーライン上にあると認識しているようです。実際に、アクロバチック な論理や逆説といえば、チェスタトンとその系列の作家を思い浮かべますが、本作者もそのひとりと思います。架空の 市、綾鹿市とそこに存在する風変わりな人・とりわけ増田米尊は読み終わるまで・・いや読み終わっても正体不明です。 そもそもこの連作構成の長編小説自身が、なかなかの正体不明の小説です。作者が確信犯であるだけに、読むほうも まとめる事・完全に理解しようとする事はあきらめざるを得ません。どこまで行くのか、ネタは続くのか、小説外のミステリ 度もなかなか高い作者と作品です。
2007年7月31日
歪んだ男<ビル・バリンジャー>
スパイものにも若干の異なるスタイルがありますが、本作はサスペンスです。謎のある生活をしている人物が突然に 顔を無くし、手術で異なる歪んだ顔で目覚めます。同時に記憶がとんでしまっています。主人公は、かすかな手がかり を元に自分探しの、結果的には冒険に出かけてゆきます。顔がことなるから、誰かが見つけてくれる事は期待できない。 そして、顔と記憶を失う原因がまともだともおもえません。それにはそれだけの理由があり、それをたどる事は危険が 伴います。それでも人間の本能か、あるいは記憶を失う前の本能か、次第に過去に近づいてゆきます。まさしくサスペンス としかいいようのない作品です。
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2007/07に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。