推理小説読書日記(2007/04)
2007年4月03日
まじものの如き憑くもの<三津田信三>
「まじもの」は漢字ですが表示できない機種の有無が確かめられないのでひらかなとします。 ホラー風本格ミステリといいますが、戦後直ぐの本格との差はあまり大きくはかんじません。 ホラー作家・刀城言哉が取材に訪れた風習と神隠しやらが起きる村での怪死事件を複数の視点 から描いています。謎は一応は説明されますが、外見は未解決とされ、主人公自身が合理的解釈 を受け入れるべき根拠がないとする事で、本格にもホラーにも読者側で異なる受け取り方が出来ます。 見かけない漢字や固有名詞の連続は読み疲れますが、ひとつの演出ともいえます。
2007年4月03日
トレント乗り出す<E.C.ベントリー>
再度登場したトレントが主人公の短編集です。発表年代が1915年頃と、1937年頃に別れています。 時が経ても内容・レベルに差は感じられません。黄金時代の先駆時期と中心時期なのでやや奇妙に 感じます。内容的には全てやや古めかしい作品に思います。トレントは名探偵としては、問題の ある存在に描かれています。その事を持って、特徴・近代的という向きもありますが、果たして 作者にどの程度の意識があったのか疑問です。作者がそれ以前の作品を意識していたかどうかが 疑問です。単なる過渡期の作品群とみるべきかと感じます
2007年4月03日
私が見たと蝿は言う<エリザベス・フェラーズ>
作者の日本への紹介はそこそこと言う状態と思います。その中でも読書数が少ないとなれば 妙な先入観が出来てしまいます。動物系が多いのかとおもったら、マザーグースだったと言う 展開です。日本では、マザーグースは苦手です。登場人物が異なる他人を疑う状況は、少ない 登場人物を生かす設定です。その中には犯人も含まれているのですが、突破孔が無ければどうどう 巡りになります。その状況をたとえるとマザーグースになります。館ものかどうかは別にしても 限られた空間に存在する人のなかに犯人がいる設定はミステリの代名詞です。
2007年4月08日
猪苗代マジック<二階堂黎人>
水乃サトルのシリーズの1冊ですが、他の作品と比較すると本格ミステリ味が非常に強いです。 内容的には、二階堂蘭子シリーズのイメージに近いです。他にもシリーズはありますが、2シリーズ を比較すると時代設定と本格味の濃さと思っていたので、意表をつかれた感じがします。背景が 水乃シリーズに近いだけで、シリーズキャラクターよりも謎の種類とトリックとフーダニットの 要素が密接に絡んでいます。外見はミシング・リンクテーマで実は・・。が多いですが、その中間 を狙い、読者に印象を任せた感のあるトリックは工夫された応用といえます。
2007年4月08日
極東特派員<海渡英祐>
昭和36年の作品です。ミステリにとって微妙な時期です、そしてスパイ小説としては日本では 初期にあたります。実在の人物名が登場するのはこの種類の作品では常套ですが、もちろんフィクション です。舞台が極東ですので、時代を経た現在に読むとその後の歴史も知っているので、微妙な思い があります。海外も含めて、スパイ小説は時代の変化後に読むと当時に読むのとは異なる筈ですが それはもはや、現在風にしか読めません。スパイ小説の定番の終わりかたとも言えますが、作品全体に 伏線的な内容があるので妥当かと思います。
2007年4月08日
失われた時間<クリストファー・ブッシュ>
「完全殺人事件」で有名ですが、邦訳は少数です。私も2冊目です。やや異なる作風に驚き ます。事件本体の謎と、失われた10分の謎が別々にそんざいします。どちらがメインでしょうか 題名や解決順からは失われた時間の謎がメインに見えます。しかし後者の謎の解明は小説的には 面白いが、ミステリに見ると論理の飛躍がありすぎるように思います。いずれにしても、複数の 作品を読むことで作者の評価や作風が次第に分かってくる事をあらためて感じます。未読訳を含めて もまだまだ日本での紹介が少ない作者のさらの新訳を期待したいです。
2007年4月13日
天使が開けた密室<谷原秋桜子>
激アルバイターシリーズという事ですが、現実は作品はまだ少ないです。しかし、設定はシリーズ 向きで期待できます。主人公のワトソン役が高校生の美波と、ホームズ役の藤代修矢に、個性を つけすぎの美波の友人が絡んできます。ちなみに、激アルバイトというからには、本当にあるのか 分からない奇妙なアルバイトが登場します。第1作の本作では、葬儀屋の病院での遺体運びの夜間 手伝いというアルバイトです。そのかいあって、妙な状況や事件にめぐりあいます。学生シリーズは 学校が定番ですが、そこと共にアルバイト先を舞台にする事で話を拡げています。短編併載。
2007年4月13日
地下室の殺人<アントニイ・バークリイ>
中期の作品で、この作者の特徴が出ていると思います。捜査記録や調査文書に不備があり、謎を 構成する話はいくつかありますが、主人公の探偵?役の若いときの調査文書が挿入されている事が 如何にもこの作者らしい構成です。現状でもいささか的はずれな主人公の若い時ですので、調査内容 も文書もいかにも3流の内容です。従って誤った思いこみや検討はずれの推測が入っても、極めて自然 です。作者の得意とする所でしょう。犯人以外の人物を推理する作品もかなり書かれていますが、作品 中にうまく取り込んでいる点は流石です。本作者は誰の推理が正しいのかが最後まで分からない特徴が ありますが、本作もそうで結局はXXXXでした。
2007年4月13日
赤朽葉家の伝説<桜庭一樹>
この作者を読むのは2作目ですが、予想と異なる内容に驚きました。主人公の、祖母・母・自分の三代 の歴史を語る作品と最初は思いました。祖母は幻視能力があるらしい設定です、母は個性的なキャリア ウーマンの先駆け的です。一族が先祖から受け継いできた製鉄所を如何に守ってきたかを色々な事件 と幻視やら、数々のエピソードで語られます。これだけでも面白い小説になっています。所が主人公が 祖母の死に際の「自分は一人殺している」との言葉から、被害者捜しを始める所から本格ミステリに突然 変わります。通常の本格ならば祖母の死に際の言葉をプロローグにいれて、本格スタイルを整えるのです が本作はこの構成を取っていません。従って本作の位置ずけは別れると思います。個人的には、本格ミス テリの好作と思います。
2007年4月18日
タラント氏の事件簿<デイリイ・キング>
不可能犯罪は、驚きとがっかりのきわどい境を歩いているように感じます。専門的にならずに大きな 謎をしかけると、読者はある時は驚き、あるときはあきれてがっかりします。これは謎の性格上避け れないようです。キングのこの短編集は不可能犯罪を集めた観があります。そしてそれは、読者の個人 に色々な受け取り方をされると思います。本質的にミステリの持つ遊びの要素を理解しているかどうかが 分かれ目でしょう。作者は、その遊びの部分に異常に拘りを見せます。本格ミステリのフェアプレイは 最大の遊びと言えると思います。
2007年4月18日
藤吉捕物覚書<林不忘>
このペンネームは、牧逸馬が時代小説を書くときに使用したと思っています。丹下左善は有名ですが 多くの短編も残しています。本集は、「藤吉捕物覚書」13作、「早耳三次捕物聞書」4作に中編の「 煩悩秘文書」と4作の短編を収録しています。短い作品が多いとはいえ、かなり読みこたえがあります。 捕物帳は謎の要素と推理要素はばらばらですが、全体にあっさり終わる感じがあります。この作者の持ち 味ともいえるでしょう。それ以外の作品は、いわゆる伝奇小説にはいると思います。有名な人物を登場 させても、裏の世界とも娯楽性を優先したストーリーに展開してゆきます。
2007年4月18日
つきまとう死<アントニー・ギルバート>
男性名のペンネームの女流作家です。日本紹介は少ないです。アーサー・クルックという個性的弁護士 が地味な作風とかみ合って適度にバランスを取っていると思います。小さな伏線を集めて謎の解決に 繋げる手法は個人的に好みです。それが、特に狭く狭い時間の中での矛盾探しとなると、面白いと共に 反面、実証は証言たのみになります。物語の結果は、弁護士の個性で解決させていますが、小説としては 作者の伏線と論理展開で解決といえます。いつの時代でも地味ですが、愛好者がいるタイプの小説だと 思います。次の日本での紹介を期待します。
2007年4月23日
白銀の鉄路<永嶋恵美>
紹介にはトラベルミステリとなっています。このジャンルは日本特有といっても良いほど、広まって いますし、今も新作が発表されています。しかしタイプの異なる3人「西村京太郎・十津川警部シリーズ」 」「津村秀介・浦上伸介シリーズ」・「深谷忠記・黒江荘シリーズ」の形が完成し、後者2つが実質的に 終了した現在では、西村の著書いがいではこれらに匹敵するものは見かける事ができません。後継者は、 レベルを上げるか新しいスタイルを作るかが必要です。本作は、後者の新しいスタイルかあるいはトラベル ミステリではないといえます。舞台やストーリーはトラベルミステリの手法を利用していますが、ミステリ としての謎と解明はそことは離れています。ただうまく融合させているので1作で結論はだせません。私の 好きなトラベルミステリの新しい書き手かどうかは続作を待つしかありません。完成度は高いです。
2007年4月23日
殺意は必ず三度ある<東川篤哉>
学園物はあいかわらず多いです。本作の必然性は、ユーモア味と強引なトリックの組み合わせとして 必要だったのかとも思います。ただ如何にも軽い味が、より軽くなってしまった事は否定できません。これが トリックを成立させる作者の狙いならば、肯定するべきで悩む部分です。少なくても、片方のトリックは 馬鹿トリオの探偵役でしか成立しないとも思います。探偵役が頼りないために成立するトリックははたして ミステリ的にはどうなのでしょうか。殻を破って欲しいのか、持ち味を生かし続けてほしいのか、意見は別れる でしょう。
2007年4月23日
花散る頃の殺人<乃南アサ>
女刑事・音道貴子シリーズの短編集です。警察小説と、主人公のプライベートミステリとを足し合わせた 作品が主体です。作者は、作品スタイルにはあまり拘らないようで制約を設けずに自由に書いていると感じ ます。登場した長剣では、謎にみちたイメージの主人公の音道が普通とは異なり短編で人間的に詳しく描か れているのは、ミステリとしての位置ずけが読めます。作品群のなかで時々しか登場しない人物は性格つけ や成長させるかどうかなど結構難しい面があります。読者のほうでも、勝手にイメージを固定しないで読む タイプの主人公・作者と思います。
2007年4月28日
石の林<樹下太郎>
この作者は舞台を比較的平凡な世界に設定し、そのためサラリーマン小説と呼ばれる事もあります。昭和 30年台後半のそれは、現在風では「日常の謎」のイメージでしょうか。ただし世界は平凡でも、ストーリー は突然に起きるある人物の異常状態を描きます。ミステリにおいては、世界の大きさと謎の大きさ、ストーリー の大きさと小説の完成度は一致しません。人の心の中にはいりこむ程に、小説的には世界は小さく感じます がひとりの人物にかかる複数の死は、充分に大きなものです。ミステリ的には終わっても、登場人物には 終わる事のないラストは、象徴的です。
2007年4月28日
夏の魔法<北國浩二>
SF大賞佳作受賞作家のミステリです。ただ、内容は現在あふれているメタ・ミステリで、これを選んだ作者 は力をだせたのかどうか疑問があります。作者は設定に、架空の病気とそれにかかった主人公を起きました。 読者は、ストーリーがSFかミステリかの判断が求められます。ひとたび、読者に迷いがなくなると、いくつかの 類例を思いうかべる事ができますので、やや長すぎる話と感じてしまいます。作品の発表時期にも運があるとすれ が、運がなかっといえると思います。メタでない次作に期待します。
2007年4月28日
ランプリイ家の殺人<ナイオ・マーシュ>
何故か日本への紹介が遅れている作者ですが、理由は全く分かりません。貴族や演劇やシェイクスピアが 日本人に向かないと思われているのでしょうか。成長型の探偵役のアレン警部は存在感はあるが、話の早く から登場しても特に防御率が悪いとは感じません。トリックと作品全体の比率はバランスが取れていないかも しれませんが、謎の解明の手順を読ませる作風なのでその過程のひとつとしては問題とは思えません。ただ、 ややストーリーが長い印象はあります。現代の日本とは離れた世界ですが、ミステリの舞台には合っていると 感じます。
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2007/04に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。