推理小説読書日記(2007/03)
2007年3月01日
津軽、殺人じょんから節<辻真先>
おなじみの可能克郎が進行役を務めるが、主役はイベント・ディレクターの大塔寺姉妹(本 当か??)です。辻真先は基本は本格作家だが、器用というかなんでもありの一面もありま す。このシリーズは、現在3作で本作は2作目です。どちらかというと、ハードボイルドか 冒険小説的なストーリー展開を見せます。地方でのイベントが背景にある作品は得意だが、 やや通常とは異なる面を見せています。勿論本格の一面もあり、やや詰め込みすぎかもしれ ません。
2007年3月01日
イニシエーション・ラブ<乾くるみ>
典型的なメタミステリです。作中には謎も捜査も設定されておらず、作者が読者に仕掛け るタイプの作品です。個人的には好きではありません。作中にもそれだけで作品になるレベル の謎と捜査があれば別です。理由は、ストーリーとしての面白みがなく、慣れるといくつかの パターンのどれかと推定がつき、たとえ真相が異なっても別に驚きも納得もしなくなってし まっているからです。既にひとつのジャンルとして確立していますので、アレルギーを持つの は良くないと思いますが、ただ面白みが伝わって来にくいジャンルとは感じます。。
2007年3月01日
編集室の床に落ちた顔<キャメロン・マケイブ>
密かな噂の作品ですが、「探偵小説を否定する探偵小説」が探偵小説全集の1冊として出版 された事自体が奇妙です。今の時代に、歴史的意味を考える事は難しいですが、正直退屈な 作品です。作者の好きなように展開できるタイプの作品は、犯罪小説等の進歩した現在では よほどの工夫とストーリーの工夫がないと読み切れない状況です。また多くの作品に登場する 欧米タイプの法廷場面は日本人にはなかなか面白みが伝わりません。1937年に書かれた作 品としての評価が欠けている事は理解していますが、それは難しい課題です。
2007年3月06日
花火<葉室早生>
昭和34年刊行というとミステリ界は微妙な時期です。江戸川乱歩賞の公募がはじまって 2年目、松本清張作品が広まりつつある頃です。本作の帯および作者後書きには、「既成探偵 小説に挑戦」「警察官の犯罪捜査方法を正確に具体的に展開」「探偵小説の筋書きは非現実的 と感じる」などと威勢が良いです。刊行時期から見て、ここでの探偵小説とは昭和20年台の 作品でしょう。有能な警察官が現実的に捜査する作品となります。それじゃ、清張以後の社会派 と同じかとなります。捜査方法に類似点はありますが、それ以外は異なる過渡期の内容と言え ます。現在では珍しくないし、歴史的背景を考慮して読む作品です。
2007年3月06日
人形はライブハウスで推理する<我孫子武丸>
最近、やたらと増えた妙な探偵役のさきがけ的なシリーズです。ただアイデア自体は古くに あり、登場人物と背景と事件とをうまくかみ合わす事で独自の世界を作っています。シリーズ も進み連作形式の短編集ですが、全体的な流れとしては本題とは別に、復話術師の朝永と保育 士の主人公の妹尾睦月との関係が結婚に向かって動く事があります。プロポーズしたものの、 のんびり返事待ちの朝永と返事の機会を掴めない睦月のちぐはぐがアクセントになっています。 作品自体は多くは本格です。そしてかって不死身の木下刑事という名バイキャラを作った作者は 野坂保育士という人物を登場させます。
2007年3月06日
結末のない事件<レオ・ブルース>
日本の一部で人気??という感じのブルースの初期3連作の最終作です。またとばして読ん でしまいました。大きな問題はないようですが・・。ただ、ひねくれた前の2作でのビーフ探偵 のイメージが本作に必要とは翻訳物の時間スケール的にイメージできません。そして題名、本当 に結末がないのではないかと思いかけます。名探偵イメージの弱い探偵役が突如変身する様に 感じるのは私だけでしょうか。やはり、順番に読むべきでしたか。この連作スタイルは時代的に どの程度新しいのか考えてしまうのです。
2007年3月11日
密室と奇蹟<>
デイクスン・カー生誕百周年記念アンソロジーとして、全作書きおろしの短編・中編集です。 外観をいかにもカーの記念らしく作ったために本屋で海外ミステリの所に置かれたのは笑えます。 同時にその書店のレベルも分かってしまう事になってしまいました。登場作者は、まず参加する と予想出来る人と、意外な人が混ざっています。カーへのどのような切り口で書くかの面白みが 個々のミステリ的内容と同レベルで興味を持たれても仕方ないでしょう。その意味では、多くは 成功していると思います。ミステリ的に限っても半数は読み応えはあります。多くの探偵や逸話 がある作者カーはこのようなアンソロジーも多様になり面白いです。
2007年3月11日
死のバースディ<ラング・ルイス>
日本には初紹介の作者ですが、黄金期後のアメリカの女流作家は日本ではあまり紹介がされて いない傾向が有ります。時代も変わり、日本でも重厚なミステリが少なくなり、軽いが繊細さが あり人物やストーリーにも力が入れられている作品群は、現在の日本と似た面もあります。( 日本の現在のミステリは不必要に長いと感じますが)。当然ながら、シリーズキャラクターも存在 するらしいですが、日本でも今後お馴染みになる事ができるのかどうかは、分かりません。地味 だが、華やかな背景でもあり、かなり好まれてもよい作者と感じました。
2007年3月11日
殺意のポロネーズ<渡辺淑子>
「女探偵<岸川ますみ>颯爽と登場」と紹介されても残念ながら初読で知識のない作者です。 作品のストーリーも人物紹介も、シリーズもの的に書いているのですが他には知りません。本格 ミステリというよりは、サスペンス要素とクライムノベルとの要素が強い作品です。時代が、 1980年という事で、本格が増えかける時期なのでそれは考慮すべきかもしれません。登場人物 の多重視点の作品で、女探偵の影はそれほど大きくはありません。
2007年3月16日
X橋付近<高城高>
知る人ぞ知る、日本のハードボイルド推理小説の創始者の短編集です。大学時代にデビューを して、その後新聞社にはいりアマチュアとして活動したので質的には高いが、量的には作品数は 多くない作者です。各種アンソロジーには非常に採用率の高い作者ですが、作品的には偏りがち です。筆者のお気に入りの作者ですので全体の70%は既読作品ですが、存在を知らなかった作品 や現在では入手困難な作品が掲載されていますので見逃す事の出来ない作品集です。作者自身に とっては3冊目の本になりますが、資料面も整備されており今後重要な本となるでしょう。出来れ ば残りの作品も(短編だけでも)出版して全集にして欲しいと思います。
2007年3月16日
四人の申し分なき重罪人<G.K.チェスタトン>
難解・逆説・哲学的・ブラックユーモアとか色々言われる、いわゆる煮ても焼いても食えない 内容の作品がほとんどの作者です。そのイメージにたがわぬなんとも意味のつかみにくい内容です。 題名の通り4話の中編で1冊ですが、中編集とも長編ともとれる構成を取っています。この作者の 読みにくい内容にもかかわらず人気があるのは、その内容が個性的だからでしょう。個人により 読み取り方が異なることは充分に予想できますが、それもいかにもミステリ(内容自体がこれに 当たるかも問題ですが)と言えるでしょう。
2007年3月16日
晩夏に捧ぐ<大崎梢>
書店ミステリの第2作目で長編です。旅行に出かけてその先でというと、書店ミステリではなく なりそうですが、行き先が地方の本屋でそこに現れるといわれる幽霊の謎を解く設定です。ワトソン 役の主人公とホームズ役の女学生コンビは長編ゆえにかなりのパーソナルデータを供給してくれます 。イメージ的には「はやみねかおる」の「夢水探偵」を意識されない事もないでしょう。都会の書店 から地方の老舗の本屋とその地方の本が絡むのですが書店ミステリからややはずれがちととは感じま す。それがマイナスという意味ではありませんが。
2007年3月22日
カラチン抄<赤沼三郎>
昭和18年出版の本です。その頃は、娯楽小説の出版に制約があり、いわゆる防諜小説それも、 日本を守る小説が多く出版されています。本作は、別の面を書く事を意図したと思いますが内容は 軍の動向や意向が一般人の行動に影響を及ぼす内容になっています。時は日露戦争の頃で、女性教師 が中国に派遣され、そして次にモンゴル近くのカラチンの国王からの要請で、内陸深くかつ文化的に 遅れている地で教育活動を行う過程を描いています。しかし、その地域は日露戦争の行われている 土地で戦争の影が絶えず脅かします。スパイ小説とも国策小説でもありませんが、冒険小説という程 おおげさではありませんが、今は復刊されにくい作品群の1作です。
2007年3月22日
二巻の殺人<エリザベス・デイリイ>
ポケット・ミステリ番号191、1955年初版・1998年再版です。古い訳とも言えますが充分に読め ます。何かイメージか構成を示しそうな題名ですが、実際は古書全集の第2巻がテーマという、直球 の内容です。幽霊が現れる中での古書や演劇が色々な形で絡めています。トリックよりも技巧的な 作品です。穏やかな進行内容は私も含めて、好みの人も多いと思います。古書狂探偵と作家を並べた 目次も凝っているらしいが、ひとりは知らないので最初は意味が分かりませんでした。みなさん「ジ ョン・ウエブスター」という名前を知っていますか。
2007年3月22日
非在<鳥飼否宇>
おなじみのシリーズ探偵が奄美・沖縄周辺の孤島で起きたと思われる事件を調べに訪れて話が始ま ります。この地理的問題はトリックになりうるだろうかと考えるまもなく、もっと込み入った話が展開 します。誰が書いたか続々登場する手記、何を見たか人魚の謎、そして現れた人物は???。 架空と実在が、混在した中での話は登場人物にとどまらず、読者も混沌した世界に引き込みます。 どのようなミステリジャンルに分類すれば良いのかさえ悩む、内容の濃さと不透明さは独自の世界と いえます。
2007年3月28日
揚羽蝶<泡坂妻夫>
前半は「紋章」「紋章上絵師」をテーマにした短編です。後半は奇術をテーマにした短編です。どち らも過去に多くの作品が書かれたテーマであり、作者自身がその世界にどっぷり浸かっているので内容 は安定して、充分に読ませる。後者については、過去には本格仕立てに作られた作品もあったが、い まは少なくなっている。あえて、本格構成に出来そうな内容もあるが、拘らずにさらっと描いている。 本作者はミステリではトリックものの本格派であるが、人情ものを主体とした現代小説や、捕り物帳など の時代小説も得意分野にしており、題材を自由に振り分ける事ができる。現在は、トリック作品はほとんど 書かず、他のジャンルに使う事が多いようだ。
2007年3月28日
フォーチュン氏を呼べ<ベイリー>
シリーズ探偵ものでも特に作品数が多いといわれるフォーチュンものの初期作品集です。過去に 「フォーチュン氏の事件簿」が訳されていますがこれは中後期からピックアップした短編集です。フォ ーチュンものは、後期になる程内容が良いといわれていましたが、今回第1作品集を読んで、それは正 しい事を感じました。初期作品はミステリ色が弱く、落ちのある話・犯罪小説的な展開が目立ち、本格 要素は少なく、ホームズものよいもストーリーが単純と思います。後期ほど内容が良いのは、ミステリ では必ずしも多くないですが、これはその少ない例と思います。
2007年3月28日
信州伊那谷殺人事件<草川隆>
少し前に、トラベルミステリの新しい書き手として、津村秀介・深谷忠記・草川隆が上げられていた 時があります。津村が亡くなり、深谷はこのジャンルのネタ切れ状態で、草川は別ジャンルに転向して いたため、トラベルミステリが弱くなっていた感じがしました。草川が再度、このジャンルの作品を 書き始めた事は喜ばしいといえます。トリックやストーリーは、書き慣れていると感じます。探偵役 には苦労しているようで、「紅茶館グループ」といういかにも都合の良い設定は、少しやり過ぎの感が しました。トラベルミステリの復権に期待したい。
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2007/03に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。