推理小説読書日記(2007/02)
2007年2月01日
テンプラー家の惨劇<ハリントン・ヘクスト>
イーデン・フィルポッツの別名義ですが、この名義の作品は読むのははじめてです。ミステ リの読み始めに重厚な連続殺人事件の作品を読んだ者としては、その思い出が蘇る作品です。 別名義の作品に類似構成のものもありますが、やはり一つのジャンル・テーマ・手法として 圧倒的な迫力を感じます。絶えずこのような、重厚な連続殺人事件では疲れると思いますが 時々は是非ともこのような作品に出会いたいものです。皆殺し連続殺人にありがちな構造は 避けられませんが、それはどうこう言っても仕方がないと思います。
2007年2月01日
八月の熱い雨<山之内正文>
私にとっては始めて読む作者です。便利屋(ダブルフォロー)を職業とする主人公がめぐり あう出来事を描いた連作集です。便利屋というのは、なかなか面白い設定で色々な種類の事 件・出来事・人物と容易に出会う事が出来ます。それでいて、警察が関与しない謎を描く事 が出来ます。内容的にかなり大きな事件に描く事が出来る話もありますが、あえて主人公の 活躍できる範囲におさめ、解決させる手法は全体を貫く作者の考え方・手法として納得でき るものです。半職業探偵ともいえる設定はなかなか楽しませてくれます。
2007年2月01日
中空<鳥飼否宇>
作者のデビュー作で、横溝正史賞の優秀賞です。その後のレギュラーの登場作でもあります。 鹿児島の近くの架空の村、それも長く閉鎖的な状況を保っている村での事件です。特殊な設 定・架空の場所・閉鎖空間・昔からの伝承・哲学的思想的背景と作品を特徴つけるものが沢 山あります。このような舞台では、一般常識は先入観となりミステリとしての謎として君臨 します。あとは破綻なくまとめきれるかが作者の手腕です。「観察者」を含む複数主人公の 設定で成功させています。
2007年2月05日
天地紙筒之説<胡桃沢耕司>
ペンネームを代えてから「黒パン俘虜記」で直木賞、「天山を越えて」で推理作家協会賞を 受賞して、その後は大胆なキャラクターや状況設定での痛快ミステリを量産した作者です。 全体を見れば多彩な題材で自由な発想で小説を書いたといえるでしょう。本短編集は、歴史 に題材を取った作品です。地動説前の世界一周の話が表題作で、「天山を越えて」に通じる 戦時ものまで広い時代を扱っています。まじめ風に書いたホラ話といえると思いますが、想 像力がミステリの基本とすれば、量産可能な才能が伺える作品集です。
2007年2月05日
こう門の足跡<ロナルド・ノックス>
こう門は文字化けするかもしれないのでかなとします。運河等に設けられる2つ以上の水門 で挟まれた水面の高さを上げ下げして船の運航を容易にする設備です。一時は変則的な「陸 橋殺人事件」や十戒で偏った印象のあった作者ですが、最近複数のオーソドックスな本格ミ ステリが紹介されて作家としての評価が日本では大きく変わったとの印象があります。極め て純度の高い、じっくり書かれて本格ミステリはいつ読んでも楽しませてくれます。まさし く「謎」を楽しめる作品です。ただ作品数が少ないとの事が残念です。
2007年2月05日
仮面幻双曲<大山誠一郎>
ミステリでしばしば登場する双子トリックは歴史的に見ると結構面白いです。しかしいつか らか、双子を全面に出しかつ強調してそれにひねりを加える作品が登場する様になりました。 本作も題名からも分かるようにその系列の作品です。そして本格でかつパズラーと呼んでよ い内容です。ただ時代を古く設定する必要があるのは、現代ではトリックがむつかしいから です。前半が無料でネットで公開されて、後半は有料という作品の紙ベース出版です。今後 増えるのでしょうか。
2007年2月10日
王朝哀歌<川野京輔>
昭和30年頃の雑誌「宝石」で名前を見かける作者です。作品的にはまだ個人的にはなじみ はありませんが、いずれは読む予定です。本作は1996年出版の副題を「太平記幻想」と 題する歴史小説か伝奇小説です。この時代は主人公を変えることで視点がかわり作家にとっ て書きごたえのある時代と思います。メジャーの足利尊氏・楠木正成以外にも、魅力的な人 物が多数います。本作は児島三郎をメインにしており、異なる一面を見せています。ミステ リ要素はありませんが、時代小説も読む読者は楽しめると思います。
2007年2月10日
越前・伊豆、惜別の殺人ルート<金久保茂樹>
深谷只記が切れ味を無くし、津村秀介が亡き後は、トラベルミステリは発表作品数は多いで すがまだレベル的に後継者と呼べる作者が登場しないのは残念です。一部の特に評論家と言 われる人はこの分野の評価が低い場合がしばしば見かけますが、実は職人芸と言って良い程 の難しい分野である事が理解されていません。本作者も期待の一人ですが先行者の壁はまだ 熱い状況です。本作は舞台は大きいもののアリバイトリックは小さく、しかもローカルネタ で知らなければ分からないという弱さがつらい作品です。
2007年2月10日
封印の島<ピーター・ディキンソン>
ディキンソンらしい作品と言えますが、作者の意向が空回りしている感があるのも否定でき ません。評価の分かれる作品といえますが、この作者の作品群のなかでは中以下と感じまし た。これは作者の余裕なのか、深い狙いがあるのか理解できていませんがミステリ的に伝わ る所が少ないと感じました。元々孤高の作者の雰囲気がありますので、読者の相性でしょう。 警察組織を外れた警視の設定は誰でも意味が理解できる設定ではないと思います。題名は複 数の意味があり翻訳困難との事、作品内容にも翻訳の壁がありそうです。
2007年2月15日
真相<横山秀夫>
精力的な執筆活動から生み出される作品群は、初期の「新しい警察小説」と言われたレッテ ルを既に過去のものまたは1部としています。広い舞台・ジャンルに拡がった状態では、ク ライムノベルという漠然とした呼び名で呼ばれます。狭いジャンルに制約出来ないための曖 昧さを含めた表現です。デビューが松本清張賞で直ぐに推理作家協会賞の作者の広いジャンル べの活躍は清張の再来とも取れます。作者はあえて本格推理の形式を取らないように感じま すが謎の設定とその解決の展開は守られています。ただフェアプレイへの拘りがなく、登場 人物の感情への関心がうわまっています。
2007年2月15日
ハレムの寵妃<橘外男>
本作は昭和31年の作品ですが、作者自身は戦前派です。秘境もの・奇談・ユーモア・防諜 (スパイ)・歴史など広い作風を見せてくれます。本作は、外観は奇談のように見せた展開 を見せます。ドイツの美人妻(主人公)がトルコの後宮につれこまれ、プライドをなくされ そこに次第にとけ込み寵妃となってゆく過程がえがかれます。後半に入ると、上記の別のジ ャンルであった事が分かり大きく展開してストーリーとなります。その意味ではサスペンス 小説とも言えます。作者には類似のストーリーの他の作品もあり愛読者ならば早くに気づく かもしれません。
2007年2月15日
赤い指<東野圭吾>
これの前作の「容疑者Xの献身」の各賞受賞やその内容の議論の活発さに比べて受賞第1作 の本作は静かに迎えられたようです。個人的にはその差が理解できません。色々理屈はある とはあるのでしょうが、個人的には本作の方が面白いです。ストーリー展開は類似していま す。とは言っても半倒叙形式で犯罪者(?)と捜査側の双方から描かれるという意味です。 これは本格としては微妙ですが、広義のミステリとしては大きな可能性を持っているように 感じます。双方にストーリーを持たせられかつどちらにも直接に現れない謎が埋め込めます。 加賀恭一郎の父との死に別れシーンも印象的です。
2007年2月20日
顔のない敵<石持浅海>
対人魚雷をテーマとした短編集です。作者が長編デビュー前にアマの応募で文庫出版してい た「本格推理」から3編をとっているので初読は7作中4作です。特殊なテーマのように見 えるが本当の意味でその内容を取り込んでいるのは「本格推理」発表の2作で、作家デビュ ー後の作品は、舞台と登場人物の重なりはあるが対人地雷という小道具を忘れても成立しま す。短編でありながら、謎と犯人さがしをする本格ミステリになっていることは最近では珍 しい。不要なひねりを行わず直球勝負の作品集として成功の部類と思います。テーマ上、地 雷被害者が登場しその感情も描かれるのでその意味ではテーマも生きているといえます。
2007年2月20日
魔王の足跡<ノーマン・ベロー>
本格ミステリもいつか知らないうちに拡大解釈が進み、本来持つ特殊性や面白みが希薄な 作品が本格と呼ばれて読んでがっかりする事が多くなりました。しかし、本格ファンはいつか 出会う事を信じて読み続けます。そして本作のようなすばらしい作品にめぐりあいます。た とえ、1年に数える程であっても・・・。本作者は私は初読です。しかし、複数の魅力的な 謎が発生し、地道な捜査からこれを解決する過程は実に見事に描かれています。雪上に残った 奇妙なロバのような足跡、そして木や屋根にまで続く不思議、まるで古い伝説が復活したよう に。必要な事は全て解決し、無理に余分な部分にまで立ちいらない事がまた良いと思います。
2007年2月20日
硝子の中の慾望<宮林太郎>
戦後の雑誌に名前を見かける作者ですが、必ずしもミステリ作家という訳ではありません。 しかもいわゆる余技作家で、少ない作品を永きにわたって書いているようです。本作のよう な長編は珍しいとの事です。本作も広義のミステリと言えるかどうかの内容です。医者とそ の患者たちの不思議なつながりが、別の繋がりを生じる過程を描いてゆきます。性病患者と 医師との係わりは深いのか浅いのか当事者でなければ分かりません。ただ登場人物が色々な ドラマを持つ人物たちである事は自然に分かります。その世界に足を踏み込んだ主人公の医師 はある種の冒険要素はあるともいえます。
2007年2月24日
12人の評決<レイモンド・ポストゲート>
読んだのは1993年の再販の黒沼健訳です。なぜかその後に新訳がでています。割と有名 な作品ですが、内容は現在で見ると微妙です。いわゆるミステリ要素が希薄なのです。前半 は登場陪審人の紹介的な事が続きます。これが、性格描写では有っても後半の陪審シーンの 伏線とするには弱いと思います。そして、裁判シーンになりますが、切り詰めた短い内容で 謎と呼ぶべきかどうかは疑問です。そして有名な陪審シーンになります。個人個人の有罪・ 無罪の意識を針の振れであらわした所が特徴です。しかし必要性はあまりなく、単なる趣向 に留まっている感があります。謎のあるミステリとして読むのが無理かもしれません。
2007年2月24日
片目の追跡者<モリス・ハーシュマン>
「密室殺人傑作選」収録の「囚人が友を求める時」が非常に印象に残っている作者です。 その実態はソフト・ハードボイルド小説を書く作者だったようです。海外のハードボイルド は文字通りハードな内容が多いですが、やや日本的なあるいは家庭的な(これは問題があるか もしれませんが)探偵役と内容です。2人で行っている探偵業、その相棒を捜し、それに絡む 事件にも絡んで、小説的には解決にたどりつきます。とにかく、日本にほとんど紹介されてい ない作者なので、長編1作で何を判断できるのかの状態ですが、日本型のハードボイルド作品 の翻訳需要の有無自体があるのか分かりません。
2007年2月24日
日本沈没 第2部<谷甲州・小松左京>
衝撃的な第1部が、30年後にその後の話として登場です。日本列島沈没の第1部の方が 一見衝撃的に思えますが、地球物理学に最新コンピュータテクノロジー・移民問題・世代問題 等の問題が均等にばらまかれた第2部は、最終的に領土問題から侵略・世界征服戦略まで拡 がると、もはや架空の話としては読めず、最近はやりのノンフィクションノベルやシュミレー ションノベルよりも現実的で恐ろしい話と感じました。この中の一部は、領土が沈没した日本 でなくてもなりたつストーリーであり、もはや続編を越えた小説と思います。映画化すると外圧 があるのではないかとも思ってしまいます。スケール的にも第1部を越える第2部を読むと心は 第3部に移りつつあります。今度はどのくらい待つのでしょうか。
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2007/02に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。