推理小説読書日記(2006/12)
2006年12月01日
絹靴下殺人事件<アントニイ・バークリー>
近年ほとんどの作品が翻訳されつつあるバークリーの作品です。はっきり言って予想外の状 況です。「毒入りチョコレート事件」の直前の本作は普通なら読めなかった作品です。事件 はいわゆる無差別殺人、通称をミッシングリンクテーマと呼ぶものです。ただ動機的には、 異なるといえるかも知れません。詳しく分析するとネタばれになるので読者に判断はまかさ れます。探偵役の捜査を見ながら事件が進行するのは、不自然な時も多いですがこの探偵の 性格はむしろ自然。終わりかたがむしろ異常でしょう
2006年12月01日
キャスリング(後編)<新井素子>
本の厚さに合わせた前・後編分離は、ぶ厚い本が多い今では珍しいです。あまり厚くしたく ないので1.5冊に分けて、不足分を別の作品「星へ行く船」の番外編で埋めるという本の 後編です。ただブラックキャット対警察対???の対決が伏線の前編のあとで、始まり意外 とシンプルに終わります。以下続巻の感じですが、作者はシリーズの終了が見えてきたとし ています。2冊になった事で、本編以上に・・いや同様に楽しみな作者の後書きが2回読め るボーナスも発生しています。
2006年12月01日
ヴェサリウスの柩<麻見和史>
第16回鮎川哲也賞作品ですが、バリバリの本格ではありません。医学ミステリですが、こ の分野は共通知識にばらつきがあるので、謎解きに向かない所があります。過去に遡った膨 大な復讐計画は大きな謎ですし、それを謎解きにもできたとも思います。ただそこに含まれ る医学知識と、主人公の妄想的感情は共有しにくく本作のようなサスペンス的な進行になっ た思われます。素材がスタイルを決めたのか、もともとの作者のスタイルが題材を選んだの かは自作を待つ必要があります。
2006年12月07日
花のもとにて<斎籐 澪>
短編と掌編からなる作品集です。シリーズものではありません。当然ですが、長編とは雰囲 気がかなり異なるように感じます。本格でもサスペンスでも歴史や風習や心理をじっくりと 書き込んでゆく作風です。短編では、これはできませんのでどれかの要素を部分的に取り入 れて、いわゆる落ちのある作品風に構成しています。落ち>意外性>伏線の有無・多さによ って本格の要素が出ますが、拘りはないようです。むしろ心理描写にやや重きがあるように 感じます。
2006年12月07日
いつ死んだのか<シリル・ヘアー>
リーガル・ミステリの作家だそうです。法を中心に据えると、知識不足からくるサプライズ はありますが論理的な展開に欠ける危険性もあります。特に相続に関する事は、どこの国で も複雑になりやすいですが、英国の貴族社会になるとまるで架空のような複雑な状況が生ま れます。日本での皇室典範の改正問題を見ていないとなかなか信じられません。相続順序が 複雑に変わる状況で連続して2人が死ぬと、どちらが先かで事情が大きくかわります。まさ しく「いつ死んだのか」になります。第3者的にはユーモアさえ感じられます。
2006年12月07日
国会議事堂の死体<スタンリー・ハイランド>
全く知らない作者、日本初紹介、本国でも少数しか作品がないと来れば「知られざる名作」 との紹介も妥当です。しかも実に面白い展開の作品です。歴史のある英国国会議事堂の知識 はなくても、発見されたミイラの謎を追う委員会のやりとりは楽しめます。これは、歴史の 安楽椅子探偵物の複数探偵版と思っても仕方ないでしょう。しかし、解決したと思った謎が わずかの見落としで意外な展開になります、そして最後は・・・。全く予想が出来ない作者 ・作品ともあいまって完全に作者に振り回され、最後は楽しんでしまいます。
2006年12月13日
監獄島(上)<加賀美雅之>
上下2冊でしかも分厚い、2000枚の長編です。はっきり言って読むのは疲れます。本格 ミステリとなれば流し読みも出来ない。次々に死体が出てくるので、その面では退屈はしな いですがそれもちょっと多すぎです。上巻だけでも通常のミステリより多い死体が登場しま す。もう少しコンパクトに出来なかったかも思いもありますが、ストーリー的に長くなる必 要性もいくらかあるので仕方がないとあきらめるとしましょう。ただ、いつも重量級では、 読者を限定してしまうと思います。
2006年12月13日
監獄島(下)<加賀美雅之>
さて下巻です。益々死体は増えます。下巻の60%が解決編に相当します。一直線の解決で はありませんが、ほとんどが事件を振り返り解明する過程です。これだけで1冊の本になり ます。本作の弱点は犯人が、読み慣れた読者ならば予想出来てしまう事と思います。細部の 事件の謎は、機械トリックを含めて完全な解明は困難だけにバランスに欠けると感じます。 死体が沢山、不可能犯罪、詳細な解明と本格ミステリの本道の作品ですが、これが作品自体 の必要以上の長さに繋がっているので、バランスのよい縮小が課題でしょう。
2006年12月13日
事故係生稲昇太の多感<首藤瓜於>
交通課事故係が主人公の警察小説です。長編ですが、内容的には短編集的な構成になってい ます。事件と、警察内の出来事とその人物像、主人公のプライベート的な行動が混ざって進 行してゆきます。謎を解く作品ではなく、ストーリーを追って行くタイプの作品です。交通 課の毎日の業務が中心の作品はほとんど記憶になく、ストーリーとしては面白いと思います。 登場人物もかなり個性的な者が多く、別のふくらませ方もあるとも思いますがあくまでも主 人公に絞ったまとまった作品とも言えます。
2006年12月19日
海のオベリスト<デイリー・キング>
3部作の第1冊ですが、翻訳は最後になりました。以降の2作での主人公が本作では分から ないので探偵捜しの趣向もひとつですが、翻訳順の関係でやや薄れました。多重解決という 趣向はもう分かってしまっていますし、最初に推理する人が探偵役でない事も分かりますが 探偵捜しの趣向は充分残っています。大型船内の事件はミステリ向きと感じます。そして、 何と言っても巻末の手がかり索引です。ロジックとフェアプレイの証しとして、面倒でイン パクトは少なくても、マニアにはたまらないです。
2006年12月19日
ぼくと未来屋の夏<はやみねかおる>
少年少女向けのミステリ長編のミステリーランドの1冊です。作者の原点の分野ですので、 全く手慣れた面白さがあります。子どもの主人公と、奇妙な自称を持つ大人との組み合わせ とその掛け合いは、この作者の得意とするものです。「未来屋」と自称する猫柳と、ミステ リ風に出来事をつづってゆく風太。そして風太が書く文と実際の出来事との食い違いが絶妙 のアクセントとなって、ストーリーに幅をもたせています。未来を予測するのではなく、知 っているというのはインチキ占いと同じ設定です。
2006年12月19日
甘栗と金貨とエルム<太田忠司>
個人探偵社の父が死に、残された晃は途方にくれるが、そこに依頼された事件があってびっ くりする。その依頼者がエルムという小学生で、報酬が金貨1ヶ、仕方なくみようみまねで 調査を始めるが、はじめてで費用もなくうろうろ。そこで、父と同業で時々助け合っていた という藤森涼子探偵所所長と一宮探偵所の島と出会い情報を得る。親さがしの調査が複雑な 様相を示すが、最後に真相に到達します。他シリーズのゲスト出演のシリーズ化か、番外編 か、今後も交叉するシリーズになるのか、次作でしかわからない。
2006年12月24日
ローリング邸の殺人<ロジャー・スカーレット>
長編が5作しかなく、本作が翻訳最後になる作者です。ただ、旧訳は完全訳でないとされて います。主な舞台が、屋敷の中で進む地味ですがフェアでロジカルな作品と感じます。無理 に事件を増やしたり趣向をこらしたりせずに、コンパクトにまとめた所に共感します。警視 が主人公ですが休暇中に遭遇する事件でもあり、警察機構をほとんど使用しない構成の為、 素人探偵物と類似したストーリーになっています。結果的には、事件と謎とこの設定がよく 合っています。旧訳作品も新訳して欲しい作者です。
2006年12月24日
シャドウ<道尾秀介>
初めて読む作者ですが、すごく違和感のある作品です。複数の登場人物の視点から書かれて いますが、それが全く書きわかれていません。年齢も男女も同じで読んでいて、直ぐに区別 がつかなくなります。その中に、偽証・贋病・精神障害が混ざっているので、混乱しても当 然でしょう。小説的には、異常な手法というか小説と呼べないかもしれない。本格ミステリ に限っては小説よりも優先するものがあるとされていますが、本作の手法は個人的には、ア ンフェアであり、本格ミステリとは思えません。一体なんなのでしょうか。
2006年12月24日
塩沢地の霧<ヘンリー・ウエイド>
地味で堅実な作品です。読んでいると自然に犯人が予想出来てしまいます。潮の干潮・満潮 の激しい塩沢地という背景と閉鎖的な田舎の事件から、警察の捜査が通常の様に簡単には進 行しません。その捜査の過程を描いてゆきます。謎の深さやサプライズを求める人には、必 ずしも共感されないと思いますが、ミステリとしての構成としても背景の描きこみも捜査の 進捗も充分に書き込まれています。どのようなミステリを期待するかで異なると思いますが 個人的には非常に楽しめた作品です。
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絹靴下殺人事件<アントニイ・バークリー>
近年ほとんどの作品が翻訳されつつあるバークリーの作品です。はっきり言って予想外の状 況です。「毒入りチョコレート事件」の直前の本作は普通なら読めなかった作品です。事件 はいわゆる無差別殺人、通称をミッシングリンクテーマと呼ぶものです。ただ動機的には、 異なるといえるかも知れません。詳しく分析するとネタばれになるので読者に判断はまかさ れます。探偵役の捜査を見ながら事件が進行するのは、不自然な時も多いですがこの探偵の 性格はむしろ自然。終わりかたがむしろ異常でしょう
2006年12月01日
キャスリング(後編)<新井素子>
本の厚さに合わせた前・後編分離は、ぶ厚い本が多い今では珍しいです。あまり厚くしたく ないので1.5冊に分けて、不足分を別の作品「星へ行く船」の番外編で埋めるという本の 後編です。ただブラックキャット対警察対???の対決が伏線の前編のあとで、始まり意外 とシンプルに終わります。以下続巻の感じですが、作者はシリーズの終了が見えてきたとし ています。2冊になった事で、本編以上に・・いや同様に楽しみな作者の後書きが2回読め るボーナスも発生しています。
2006年12月01日
ヴェサリウスの柩<麻見和史>
第16回鮎川哲也賞作品ですが、バリバリの本格ではありません。医学ミステリですが、こ の分野は共通知識にばらつきがあるので、謎解きに向かない所があります。過去に遡った膨 大な復讐計画は大きな謎ですし、それを謎解きにもできたとも思います。ただそこに含まれ る医学知識と、主人公の妄想的感情は共有しにくく本作のようなサスペンス的な進行になっ た思われます。素材がスタイルを決めたのか、もともとの作者のスタイルが題材を選んだの かは自作を待つ必要があります。
2006年12月07日
花のもとにて<斎籐 澪>
短編と掌編からなる作品集です。シリーズものではありません。当然ですが、長編とは雰囲 気がかなり異なるように感じます。本格でもサスペンスでも歴史や風習や心理をじっくりと 書き込んでゆく作風です。短編では、これはできませんのでどれかの要素を部分的に取り入 れて、いわゆる落ちのある作品風に構成しています。落ち>意外性>伏線の有無・多さによ って本格の要素が出ますが、拘りはないようです。むしろ心理描写にやや重きがあるように 感じます。
2006年12月07日
いつ死んだのか<シリル・ヘアー>
リーガル・ミステリの作家だそうです。法を中心に据えると、知識不足からくるサプライズ はありますが論理的な展開に欠ける危険性もあります。特に相続に関する事は、どこの国で も複雑になりやすいですが、英国の貴族社会になるとまるで架空のような複雑な状況が生ま れます。日本での皇室典範の改正問題を見ていないとなかなか信じられません。相続順序が 複雑に変わる状況で連続して2人が死ぬと、どちらが先かで事情が大きくかわります。まさ しく「いつ死んだのか」になります。第3者的にはユーモアさえ感じられます。
2006年12月07日
国会議事堂の死体<スタンリー・ハイランド>
全く知らない作者、日本初紹介、本国でも少数しか作品がないと来れば「知られざる名作」 との紹介も妥当です。しかも実に面白い展開の作品です。歴史のある英国国会議事堂の知識 はなくても、発見されたミイラの謎を追う委員会のやりとりは楽しめます。これは、歴史の 安楽椅子探偵物の複数探偵版と思っても仕方ないでしょう。しかし、解決したと思った謎が わずかの見落としで意外な展開になります、そして最後は・・・。全く予想が出来ない作者 ・作品ともあいまって完全に作者に振り回され、最後は楽しんでしまいます。
2006年12月13日
監獄島(上)<加賀美雅之>
上下2冊でしかも分厚い、2000枚の長編です。はっきり言って読むのは疲れます。本格 ミステリとなれば流し読みも出来ない。次々に死体が出てくるので、その面では退屈はしな いですがそれもちょっと多すぎです。上巻だけでも通常のミステリより多い死体が登場しま す。もう少しコンパクトに出来なかったかも思いもありますが、ストーリー的に長くなる必 要性もいくらかあるので仕方がないとあきらめるとしましょう。ただ、いつも重量級では、 読者を限定してしまうと思います。
2006年12月13日
監獄島(下)<加賀美雅之>
さて下巻です。益々死体は増えます。下巻の60%が解決編に相当します。一直線の解決で はありませんが、ほとんどが事件を振り返り解明する過程です。これだけで1冊の本になり ます。本作の弱点は犯人が、読み慣れた読者ならば予想出来てしまう事と思います。細部の 事件の謎は、機械トリックを含めて完全な解明は困難だけにバランスに欠けると感じます。 死体が沢山、不可能犯罪、詳細な解明と本格ミステリの本道の作品ですが、これが作品自体 の必要以上の長さに繋がっているので、バランスのよい縮小が課題でしょう。
2006年12月13日
事故係生稲昇太の多感<首藤瓜於>
交通課事故係が主人公の警察小説です。長編ですが、内容的には短編集的な構成になってい ます。事件と、警察内の出来事とその人物像、主人公のプライベート的な行動が混ざって進 行してゆきます。謎を解く作品ではなく、ストーリーを追って行くタイプの作品です。交通 課の毎日の業務が中心の作品はほとんど記憶になく、ストーリーとしては面白いと思います。 登場人物もかなり個性的な者が多く、別のふくらませ方もあるとも思いますがあくまでも主 人公に絞ったまとまった作品とも言えます。
2006年12月19日
海のオベリスト<デイリー・キング>
3部作の第1冊ですが、翻訳は最後になりました。以降の2作での主人公が本作では分から ないので探偵捜しの趣向もひとつですが、翻訳順の関係でやや薄れました。多重解決という 趣向はもう分かってしまっていますし、最初に推理する人が探偵役でない事も分かりますが 探偵捜しの趣向は充分残っています。大型船内の事件はミステリ向きと感じます。そして、 何と言っても巻末の手がかり索引です。ロジックとフェアプレイの証しとして、面倒でイン パクトは少なくても、マニアにはたまらないです。
2006年12月19日
ぼくと未来屋の夏<はやみねかおる>
少年少女向けのミステリ長編のミステリーランドの1冊です。作者の原点の分野ですので、 全く手慣れた面白さがあります。子どもの主人公と、奇妙な自称を持つ大人との組み合わせ とその掛け合いは、この作者の得意とするものです。「未来屋」と自称する猫柳と、ミステ リ風に出来事をつづってゆく風太。そして風太が書く文と実際の出来事との食い違いが絶妙 のアクセントとなって、ストーリーに幅をもたせています。未来を予測するのではなく、知 っているというのはインチキ占いと同じ設定です。
2006年12月19日
甘栗と金貨とエルム<太田忠司>
個人探偵社の父が死に、残された晃は途方にくれるが、そこに依頼された事件があってびっ くりする。その依頼者がエルムという小学生で、報酬が金貨1ヶ、仕方なくみようみまねで 調査を始めるが、はじめてで費用もなくうろうろ。そこで、父と同業で時々助け合っていた という藤森涼子探偵所所長と一宮探偵所の島と出会い情報を得る。親さがしの調査が複雑な 様相を示すが、最後に真相に到達します。他シリーズのゲスト出演のシリーズ化か、番外編 か、今後も交叉するシリーズになるのか、次作でしかわからない。
2006年12月24日
ローリング邸の殺人<ロジャー・スカーレット>
長編が5作しかなく、本作が翻訳最後になる作者です。ただ、旧訳は完全訳でないとされて います。主な舞台が、屋敷の中で進む地味ですがフェアでロジカルな作品と感じます。無理 に事件を増やしたり趣向をこらしたりせずに、コンパクトにまとめた所に共感します。警視 が主人公ですが休暇中に遭遇する事件でもあり、警察機構をほとんど使用しない構成の為、 素人探偵物と類似したストーリーになっています。結果的には、事件と謎とこの設定がよく 合っています。旧訳作品も新訳して欲しい作者です。
2006年12月24日
シャドウ<道尾秀介>
初めて読む作者ですが、すごく違和感のある作品です。複数の登場人物の視点から書かれて いますが、それが全く書きわかれていません。年齢も男女も同じで読んでいて、直ぐに区別 がつかなくなります。その中に、偽証・贋病・精神障害が混ざっているので、混乱しても当 然でしょう。小説的には、異常な手法というか小説と呼べないかもしれない。本格ミステリ に限っては小説よりも優先するものがあるとされていますが、本作の手法は個人的には、ア ンフェアであり、本格ミステリとは思えません。一体なんなのでしょうか。
2006年12月24日
塩沢地の霧<ヘンリー・ウエイド>
地味で堅実な作品です。読んでいると自然に犯人が予想出来てしまいます。潮の干潮・満潮 の激しい塩沢地という背景と閉鎖的な田舎の事件から、警察の捜査が通常の様に簡単には進 行しません。その捜査の過程を描いてゆきます。謎の深さやサプライズを求める人には、必 ずしも共感されないと思いますが、ミステリとしての構成としても背景の描きこみも捜査の 進捗も充分に書き込まれています。どのようなミステリを期待するかで異なると思いますが 個人的には非常に楽しめた作品です。
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2006/12に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。