推理小説読書日記(2006/08)
2006年08月01日
硝子のハンマー<貴志祐介>
世評の高い作品ですが、ホラー作家のイメージがあったので読んでいませんでした。本作は 純度の高い本格ミステリです。しかも本格マニアには、こたえられない推理のあらためとそ れに伴う仮説の排除が繰り返されます。トリックをバラバラに使用すると沢山の作品が書け ますが、1アイデアがイコール正解の作品は長編では不満があります。本作は、高度の仮説 が次々否定されるという妙味があります。またアシモフのロボット3原則を思わせる、介護 ロボットが殺人に関与しているかも興味深い謎となっています。
2006年08月01日
絞首台の下<楠田匡介>
刑務所に収容された囚人の殺人と脱獄とくればこの作者の独断上です。そして、昭和30年 台の作品らしく戦争の影が重くのしかかっています。田名網警部登場ですが大活躍かどうか 微妙で、探偵役がやや曖昧にされているのも変わった味とも言えます。時代性はどうしても 感じますが、作者得意のジャンルで本格としても充分読める内容といえます。風化は避けら れない分野ですが、その点を理解すればかなりよく書かれた作品といっても良いと思います。 とにかく作品入手難が痛い作者です。
2006年08月04日
同窓会にて死す<ウイテイング>
「幻の正統派英国ミステリ、本邦初紹介」とあらば当然ながら初めて読む作者です。国によ り学校制度が異なるので、同窓会も日本のイメージと異なる所があります。イギリスのパブ リック・スクール自体が日本では理解しにくいですが全寮制の私立校なので、生徒同士の親 密度は相当大きいことが予想されます。それに戦争の影があるし、なじみの薄いクリケット 試合が多く登場するので、理解しにくいか面白いかは個人差がしょうじるでしょう。休暇中 に事件に巻き込まれる探偵役の警部の設定はどこも共通か。地味で堅実な印象です。
2006年08月04日
桜宵<北森鴻>
日本推理作家協会賞受賞の「花の下にて春死なむ」と同じ、「香菜里屋」のマスター工藤の シリーズの連作です。短編の密度とストーリーの面白さでは非常に目立つ存在になった作者 です。1作ごとに面白い工夫がありますが、登場人物を微妙に重ね合わせて連作全体の興味 も考慮するなど益々巧妙です。バーテンを主人公の探偵にしたシリーズは他にもありますが 本シリーズの特徴は、工藤の存在がやや重みが有る事に感じます。それもあってかプライベ ートデータもすこしづつ登場させるなど益々、手法がにくいです。
2006年08月09日
親不孝通りディテクティブ<北森鴻>
舞台は博多、屋台商売の「テッキ」と結婚相談所調査員の「キュータ」の若い幼ななじみが 繰り広げる青春探偵ミステリの連作です。一応は区切りの形で終わります。登場人物がみん などこか謎のあるかやや変わった人間ばかり、その上人間関係のつながりが微妙で、軽く読 んでいると作者に好きなようにひきまわされてしまいます。「テッキ」がホームズで「キュ ータ」がワトソン役ですが、ややねじれた関係でもあります。博多の事は知らないですが、 なんとなく親しみを持ってしまう連作です。
2006年08月09日
殺しのVマーク<幾瀬勝彬>
作中に「読者への挑戦」ではなく、「クイズ」が挿入されています。犯人とは直接に関係し ないが小説中にかくされたイメージとの事です。とっくに期限切れですが意味がよく分かり ません。でも昔からクイズは有ったのですね。内容は、いまでいうトラベルミステリ風で、 日本中あちこちと移動の連続です。こんなに簡単にあちこち調べまわれるものかどうか?。 昭和51年の作品ですがまだ戦争が背景と動機にたちはだかっています。何でもありになる し、作者の思い入れが読むのに負担になるのであまり好きになれません。
2006年08月12日
魔女の死んだ家<篠田真由美>
小学校高学年・中学生も対象にするミステリーランドの1冊です。やや特異な作風の作品が 多いこの作者にとって、普通の子供向けの本は苦手でしょうか。かなり読みにくい内容にな っています。空想・冒険・魔法などは子供向けの定番でもありますが、内容が抽象的で幻想 的になると読者は限られるのではないかと思います。主人公の少女に、その母親の思い出を 通して自分を同化できる読者は少ないと感じます。私が、男性だからそう感じるのではない と思います。
2006年08月12日
推理作家殺人事件<中町信>
私を含めて、一部に熱狂的ファンのいると言われる作者ですが、複数回候補になりながら、 江戸川乱歩賞を取らなかった事もあり実力ほどにはメジャーになっていません。作風は本格 ミステリで堅実な捜査とトリック、それに加えてプロローグとエピローグに叙述トリックを 配した作品が多いです。極めて少ないですが、叙述トリックの比重が高い作品も存在します。 これの詳しい事は書けませんが・・。作家が複数登場すると、盗作がテーマの時が多く本作 も同様です。代表作とも言える作品ですが、文庫にもまだなっていません。
2006年08月14日
Xに対する逮捕状<フィリップ・マクドナルド>
なかなか海外の作者の作品傾向は分かりにくいものです。現在は紹介も増え、事典も作られ ていますがごく最近の事です。その結果分かった恐ろしい事は、過去に翻訳された作品の選 定基準はないに等しいという事です。個人がたまたま読んだ作品の感想、原本の入手しやす さ等の内容とはあまり関係ない所で決まっています。そしてその少ない訳本から日本での評 価がされて来ました。最初と最後の作品で評価されていた本作者も次第に中間の作品が訳さ れはじめました。まともな評価はこれからでしょう。
2006年08月14日
少年名探偵虹北恭助のハイスクール・アドベンチャー<はやみねかおる>
虹北恭助シリーズに「ミリリットル真衛門」の登場です。そして、ほとんど学校にいってい ない恭助シリーズの「高校編」です。妙な同好会と部長が登場して喜劇的ミステリがはじま ります。勿論ミステリ研究会も登場します。でもいわゆるかたき役ですがそれにしては頼り なさ過ぎの感もあります。この様な雰囲気でのみ可能な謎も多く、その意味では設定を生か しています。登場キャラクターが目立ちすぎてすぐに番外編が作れそうな感じもします。他 のシリーズはどうなるのかの心配もあります。
2006年08月17日
春のとなり<泡坂妻夫>
ミステリを中心に、時代小説(捕物帳)・現代中間小説(人情物)など広く作品を発表して いる作者の自伝風小説です。分野的には、どれにも属していない青春小説として描いた自伝 と思います。戦後の東京神田周辺が詳しく描かれており、同世代の若者が親の職業の後を継 ぐかどうか悩みながら成長してゆきます。主人公の、本特にミステリとの出会い・奇術との 出会いが書かれてゆくと作者自身の姿がかいま見える気がします。本作の終わりは昭和28 年、それから昭和50年台前半のミステリ作家デビューとを繋ぐ楽しみも残ります。
2006年08月17日
悪女パズル<パトリック・クエンテイン>
今は自由に読めるほど本が流通していませんが、本格ミステリの大家として有名な作者です。 その初期の作品群に「パズル」がつく作品がある事はよく知られています。しかし、未訳も 古い訳本もないのと同然で、新作の訳が出るのは歓迎です。そして、それが続く事も期待で す。同じ登場人物のシリーズとしてだけでなく、強力な本格ミステリとして必ずしも多くな い作品群と予想されます。難解でも深い謎を好む読者の存在はかなりあると思います。この ジャンルの未訳本が、訳されてゆく事を期待します。
2006年08月20日
魔女の館<シャーロット・アームストロング>
サスペンスの女王と呼ばれる作者です。題名からはホラーか幻想系と思いがちになりますが 全く違和感のないサスペンス小説です。ユーモアの強い作品もある作者ですが、本作は全体 にシリアスな展開です。サスペンスの1断面が失踪です。失踪側と、それを追いかける側の 双方から描かれる本作は、いくつかの収束が予想されるにもかかわらず、文体とストーリー 展開の妙から読む事をあきさせないです。純サスペンスに幻想的な題名ですが、登場人物の 性格を表しており失踪を表さないのも関わらず納得してしまいます。
2006年08月20日
凍った波紋<陳瞬臣>
神戸の真珠店・と琵琶湖の淡水真珠に、複雑な背景を組み合わせた作品です。これに戦争・ 中国での過去と現在(作品当時)が重なる事で複雑な人間関係と歴史と謎が発生します。無 人称の複数視点で描かれるため、犯人はもとより探偵役もわからなくしています。個々の登 場人物の立場と持つ情報の差から生じる、見方の差を読者は整理しないと作者が仕掛けた謎 に落ち込む事になります。「あれは間違いです」ですまされると普通はがっくりするのです が、本作の構成ではあり得る事として受け入れてしまいます。
2006年08月25日
七度狐<大倉崇裕>
主人公も探偵も、事件も落語というミステリです。類似の作品群としては戸板康二の中村雅 楽物を思い出します。落語とミステリというとまずは都筑道夫を思い出します。本作を読む 限りでは作者の落語の知識は特別なものではないか、あるいは一般向けに避けているかのど ちらかでしょう。すなわち、背景を落語に設定する必然性はなさそうです。しかし、本格ミ ステリとしての拘りは全面的に書き込まれています。連続殺人が起きすぎて最後は犯人しか しか残らないジャンルです。
2006年08月25日
ザエクセレントカンパニー<高杉良>
本作はミステリではなく、ノンフィクション小説のジャンルです。全体のストーリーはノン フィクションで、細部の出来事はフィクションになっています。経済・経営は一寸先が見え ない世界と言われていますので、サスペンス的な側面はありますが無理にミステリに繋げる 必要はないでしょう。同じ金融をあつかう池井戸潤とは明らかに、手法が異なります。ただ 経営・経済に興味のあるミステリファンならば、充分に楽しめる内容を持っているといえま す。逆に言えばミステリのジャンル分けには結果だけでなく創作意識が重要と感じます。
2006年08月28日
魚が死を招く<西東登>
動物ミステリの多い作者だが本作は無理にテーマにした感もあります。同作者の短編と類似 した部分もありやや微妙です。内容的には倒叙的な部分を含む複数視点構成ですので、本格 ミステリよりはサスペンス的展開に近いです。その個々の登場人物が死んでゆくので、視点 は統一されてゆきますが、本格味に拘った部分が小さな細工の集まりであるため、かならず しも全体のサスペンスに貢献していないのは惜しいとも感じます。作者の意欲が狭いジャン ルに停まらず自由に拡がったならと、思います。
2006年08月28日
ジェニー・ブライス事件<メアリー・ロバーツ・ラインハート>
失踪がテーマですので、書き方で本格にもハードボイルドにもサスペンスにもクライムにも なりえます。本作者は、どのジャンルかをなかなかあかそうとしません。被害者の有無が、 分からなくてもなりたつのはどのジャンルかと、関係無いことを考えてしまいます。謎はあ るが手がかりが不足で人間関係の謎が主体か。短いストーリーなので、余計な事を悩んでい るうちに終わってしまいます。全体にのどかでゆったりした時代の小説といえます。そこに 現代の殺伐とした展開を予想した方が時代錯誤でした。
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硝子のハンマー<貴志祐介>
世評の高い作品ですが、ホラー作家のイメージがあったので読んでいませんでした。本作は 純度の高い本格ミステリです。しかも本格マニアには、こたえられない推理のあらためとそ れに伴う仮説の排除が繰り返されます。トリックをバラバラに使用すると沢山の作品が書け ますが、1アイデアがイコール正解の作品は長編では不満があります。本作は、高度の仮説 が次々否定されるという妙味があります。またアシモフのロボット3原則を思わせる、介護 ロボットが殺人に関与しているかも興味深い謎となっています。
2006年08月01日
絞首台の下<楠田匡介>
刑務所に収容された囚人の殺人と脱獄とくればこの作者の独断上です。そして、昭和30年 台の作品らしく戦争の影が重くのしかかっています。田名網警部登場ですが大活躍かどうか 微妙で、探偵役がやや曖昧にされているのも変わった味とも言えます。時代性はどうしても 感じますが、作者得意のジャンルで本格としても充分読める内容といえます。風化は避けら れない分野ですが、その点を理解すればかなりよく書かれた作品といっても良いと思います。 とにかく作品入手難が痛い作者です。
2006年08月04日
同窓会にて死す<ウイテイング>
「幻の正統派英国ミステリ、本邦初紹介」とあらば当然ながら初めて読む作者です。国によ り学校制度が異なるので、同窓会も日本のイメージと異なる所があります。イギリスのパブ リック・スクール自体が日本では理解しにくいですが全寮制の私立校なので、生徒同士の親 密度は相当大きいことが予想されます。それに戦争の影があるし、なじみの薄いクリケット 試合が多く登場するので、理解しにくいか面白いかは個人差がしょうじるでしょう。休暇中 に事件に巻き込まれる探偵役の警部の設定はどこも共通か。地味で堅実な印象です。
2006年08月04日
桜宵<北森鴻>
日本推理作家協会賞受賞の「花の下にて春死なむ」と同じ、「香菜里屋」のマスター工藤の シリーズの連作です。短編の密度とストーリーの面白さでは非常に目立つ存在になった作者 です。1作ごとに面白い工夫がありますが、登場人物を微妙に重ね合わせて連作全体の興味 も考慮するなど益々巧妙です。バーテンを主人公の探偵にしたシリーズは他にもありますが 本シリーズの特徴は、工藤の存在がやや重みが有る事に感じます。それもあってかプライベ ートデータもすこしづつ登場させるなど益々、手法がにくいです。
2006年08月09日
親不孝通りディテクティブ<北森鴻>
舞台は博多、屋台商売の「テッキ」と結婚相談所調査員の「キュータ」の若い幼ななじみが 繰り広げる青春探偵ミステリの連作です。一応は区切りの形で終わります。登場人物がみん などこか謎のあるかやや変わった人間ばかり、その上人間関係のつながりが微妙で、軽く読 んでいると作者に好きなようにひきまわされてしまいます。「テッキ」がホームズで「キュ ータ」がワトソン役ですが、ややねじれた関係でもあります。博多の事は知らないですが、 なんとなく親しみを持ってしまう連作です。
2006年08月09日
殺しのVマーク<幾瀬勝彬>
作中に「読者への挑戦」ではなく、「クイズ」が挿入されています。犯人とは直接に関係し ないが小説中にかくされたイメージとの事です。とっくに期限切れですが意味がよく分かり ません。でも昔からクイズは有ったのですね。内容は、いまでいうトラベルミステリ風で、 日本中あちこちと移動の連続です。こんなに簡単にあちこち調べまわれるものかどうか?。 昭和51年の作品ですがまだ戦争が背景と動機にたちはだかっています。何でもありになる し、作者の思い入れが読むのに負担になるのであまり好きになれません。
2006年08月12日
魔女の死んだ家<篠田真由美>
小学校高学年・中学生も対象にするミステリーランドの1冊です。やや特異な作風の作品が 多いこの作者にとって、普通の子供向けの本は苦手でしょうか。かなり読みにくい内容にな っています。空想・冒険・魔法などは子供向けの定番でもありますが、内容が抽象的で幻想 的になると読者は限られるのではないかと思います。主人公の少女に、その母親の思い出を 通して自分を同化できる読者は少ないと感じます。私が、男性だからそう感じるのではない と思います。
2006年08月12日
推理作家殺人事件<中町信>
私を含めて、一部に熱狂的ファンのいると言われる作者ですが、複数回候補になりながら、 江戸川乱歩賞を取らなかった事もあり実力ほどにはメジャーになっていません。作風は本格 ミステリで堅実な捜査とトリック、それに加えてプロローグとエピローグに叙述トリックを 配した作品が多いです。極めて少ないですが、叙述トリックの比重が高い作品も存在します。 これの詳しい事は書けませんが・・。作家が複数登場すると、盗作がテーマの時が多く本作 も同様です。代表作とも言える作品ですが、文庫にもまだなっていません。
2006年08月14日
Xに対する逮捕状<フィリップ・マクドナルド>
なかなか海外の作者の作品傾向は分かりにくいものです。現在は紹介も増え、事典も作られ ていますがごく最近の事です。その結果分かった恐ろしい事は、過去に翻訳された作品の選 定基準はないに等しいという事です。個人がたまたま読んだ作品の感想、原本の入手しやす さ等の内容とはあまり関係ない所で決まっています。そしてその少ない訳本から日本での評 価がされて来ました。最初と最後の作品で評価されていた本作者も次第に中間の作品が訳さ れはじめました。まともな評価はこれからでしょう。
2006年08月14日
少年名探偵虹北恭助のハイスクール・アドベンチャー<はやみねかおる>
虹北恭助シリーズに「ミリリットル真衛門」の登場です。そして、ほとんど学校にいってい ない恭助シリーズの「高校編」です。妙な同好会と部長が登場して喜劇的ミステリがはじま ります。勿論ミステリ研究会も登場します。でもいわゆるかたき役ですがそれにしては頼り なさ過ぎの感もあります。この様な雰囲気でのみ可能な謎も多く、その意味では設定を生か しています。登場キャラクターが目立ちすぎてすぐに番外編が作れそうな感じもします。他 のシリーズはどうなるのかの心配もあります。
2006年08月17日
春のとなり<泡坂妻夫>
ミステリを中心に、時代小説(捕物帳)・現代中間小説(人情物)など広く作品を発表して いる作者の自伝風小説です。分野的には、どれにも属していない青春小説として描いた自伝 と思います。戦後の東京神田周辺が詳しく描かれており、同世代の若者が親の職業の後を継 ぐかどうか悩みながら成長してゆきます。主人公の、本特にミステリとの出会い・奇術との 出会いが書かれてゆくと作者自身の姿がかいま見える気がします。本作の終わりは昭和28 年、それから昭和50年台前半のミステリ作家デビューとを繋ぐ楽しみも残ります。
2006年08月17日
悪女パズル<パトリック・クエンテイン>
今は自由に読めるほど本が流通していませんが、本格ミステリの大家として有名な作者です。 その初期の作品群に「パズル」がつく作品がある事はよく知られています。しかし、未訳も 古い訳本もないのと同然で、新作の訳が出るのは歓迎です。そして、それが続く事も期待で す。同じ登場人物のシリーズとしてだけでなく、強力な本格ミステリとして必ずしも多くな い作品群と予想されます。難解でも深い謎を好む読者の存在はかなりあると思います。この ジャンルの未訳本が、訳されてゆく事を期待します。
2006年08月20日
魔女の館<シャーロット・アームストロング>
サスペンスの女王と呼ばれる作者です。題名からはホラーか幻想系と思いがちになりますが 全く違和感のないサスペンス小説です。ユーモアの強い作品もある作者ですが、本作は全体 にシリアスな展開です。サスペンスの1断面が失踪です。失踪側と、それを追いかける側の 双方から描かれる本作は、いくつかの収束が予想されるにもかかわらず、文体とストーリー 展開の妙から読む事をあきさせないです。純サスペンスに幻想的な題名ですが、登場人物の 性格を表しており失踪を表さないのも関わらず納得してしまいます。
2006年08月20日
凍った波紋<陳瞬臣>
神戸の真珠店・と琵琶湖の淡水真珠に、複雑な背景を組み合わせた作品です。これに戦争・ 中国での過去と現在(作品当時)が重なる事で複雑な人間関係と歴史と謎が発生します。無 人称の複数視点で描かれるため、犯人はもとより探偵役もわからなくしています。個々の登 場人物の立場と持つ情報の差から生じる、見方の差を読者は整理しないと作者が仕掛けた謎 に落ち込む事になります。「あれは間違いです」ですまされると普通はがっくりするのです が、本作の構成ではあり得る事として受け入れてしまいます。
2006年08月25日
七度狐<大倉崇裕>
主人公も探偵も、事件も落語というミステリです。類似の作品群としては戸板康二の中村雅 楽物を思い出します。落語とミステリというとまずは都筑道夫を思い出します。本作を読む 限りでは作者の落語の知識は特別なものではないか、あるいは一般向けに避けているかのど ちらかでしょう。すなわち、背景を落語に設定する必然性はなさそうです。しかし、本格ミ ステリとしての拘りは全面的に書き込まれています。連続殺人が起きすぎて最後は犯人しか しか残らないジャンルです。
2006年08月25日
ザエクセレントカンパニー<高杉良>
本作はミステリではなく、ノンフィクション小説のジャンルです。全体のストーリーはノン フィクションで、細部の出来事はフィクションになっています。経済・経営は一寸先が見え ない世界と言われていますので、サスペンス的な側面はありますが無理にミステリに繋げる 必要はないでしょう。同じ金融をあつかう池井戸潤とは明らかに、手法が異なります。ただ 経営・経済に興味のあるミステリファンならば、充分に楽しめる内容を持っているといえま す。逆に言えばミステリのジャンル分けには結果だけでなく創作意識が重要と感じます。
2006年08月28日
魚が死を招く<西東登>
動物ミステリの多い作者だが本作は無理にテーマにした感もあります。同作者の短編と類似 した部分もありやや微妙です。内容的には倒叙的な部分を含む複数視点構成ですので、本格 ミステリよりはサスペンス的展開に近いです。その個々の登場人物が死んでゆくので、視点 は統一されてゆきますが、本格味に拘った部分が小さな細工の集まりであるため、かならず しも全体のサスペンスに貢献していないのは惜しいとも感じます。作者の意欲が狭いジャン ルに停まらず自由に拡がったならと、思います。
2006年08月28日
ジェニー・ブライス事件<メアリー・ロバーツ・ラインハート>
失踪がテーマですので、書き方で本格にもハードボイルドにもサスペンスにもクライムにも なりえます。本作者は、どのジャンルかをなかなかあかそうとしません。被害者の有無が、 分からなくてもなりたつのはどのジャンルかと、関係無いことを考えてしまいます。謎はあ るが手がかりが不足で人間関係の謎が主体か。短いストーリーなので、余計な事を悩んでい るうちに終わってしまいます。全体にのどかでゆったりした時代の小説といえます。そこに 現代の殺伐とした展開を予想した方が時代錯誤でした。
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2006/08に読んだ本の感想を随時書いてゆきます。
本格推理小説が中心ですが、広いジャンルを対象とします。
当然、ネタばれは無しです。